世界遺産探険家の遠藤まさみです。

2013年6月に日本一周からスタートして1年半が経過しました。世界遺産制覇数も増えてきたので、実際に行ってみて感動した世界文化遺産をを紹介します。今はまだアジア周辺ですが、逆に言えば日本から行きやすい場所ばかり。

行ってみたいでもなく、行かずにお勧めでもなく「実際に行ってみた」ベスト5です!

5位:富士山-信仰の対象と芸術の源泉(日本)

出典世界遺産探険家

色々と批判も多い「世界遺産・富士山」ですが、朝陽を浴びて赤く染まる富士山を見れば「芸術の源泉だ」と間違いなく断言できますね。

出典 http://ja.wikipedia.org

葛飾北斎の描いた凱風快晴、所謂「赤富士」が目の前に広がる訳ですよ。古来より和歌や物語、絵画に描かれ続けた山というのは、世界にある数々の霊山の中でも珍しいのではないでしょうか。

静岡県と山梨県にまたがる日本最高峰の富士山は、古来富士信仰が育まれた霊峰であるとともに、葛飾北斎の富嶽三十六景などに代表される芸術上の主要な題材として、日本国内のみならず国際的にも大きな影響を及ぼした景観を形成している。

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富士山を神体山とした「信仰の対象」としても評価された富士山。登山道(参拝道)の1合目には、それぞれ神社がありその神社もまた世界遺産に登録されています。

出典世界遺産探険家

1合目にある冨士浅間神社からの登山ルート。もちろん私達は5合目まで車でGOです。

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途中はがれきだらけだし、寒いし辛いしでついつい足元ばかりに目がいって頭の中は「なんでこんな辛い思いして登ってるのよ」がリフレインする訳ですが。山頂に来るとそういうのが一気に吹き飛んでしまいますね。「山頂部は仏の世界」と考えられていたようですが、それもまたうなずけます。

出典世界遺産探険家

今後観光客の増加によるゴミやトイレ、麓には外来種の草花など問題の多い世界遺産ですが、しっかりと対策を立てて「世界遺産の富士山」として応援したい物件です。やはり日本人の心には富士山がありますね。

4位:シーギリヤの古代都市(スリランカ)

出典世界遺産探険家

ジャングルの中にそびえ立つ孤高の一枚岩。下界とは隔絶されたテーブルマウンテン。岩の上に築き上げた天空の城は「ラピュタ」の呼び声も高いスリランカの世界遺産です。

シギリヤの遺跡は、5世紀にカッサパ1世(英語版)(在位477〜495年)によって建造された、要塞化した岩上の王宮跡と、それを取り囲む水路、庭園、貯蔵施設などの都市遺構からなる。

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岩肌に描かれた謎の美女「シーギリヤ・レディ」。優雅な身のこなしに妖艶なほほえみ。天女とも城に使えた女中とも言われる彼女達はシーギリヤ・ロックの中腹に描かれています。なんと、スリランカにおいて唯一の非宗教的な壁画でもあるそうです。

岩山の中腹には『シギリヤ・レディ』として知られるフレスコの女性像が描かれている。当初は500体ともいわれたが、風化が進み現在は18体だけが残る。

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シーギリヤ・ロックの山頂に登ると、何故こんな不便な所に城を築いたんだろう?と思いますが、同時にカッサパ1世の孤独と恐怖が伝わってくる気もします。そして360度に広がる絶景は、スリランカ中が自分の物になった感が沸々と湧き上がります。

1500年前の人の気持ちがぐっと伝わる世界遺産です。

シンハラ王朝の5世紀、ダートゥセーナ(英語版)王の息子カッサパ1世は、王の甥であり軍司令官でもあったミガラの支援を得てクーデターを起こし、477年には父親から王権を奪取する。しかし平民出身の母親を持つカッサパ王は、王族出身の母を持つ弟モッガラーナに王位を奪還される事を恐れ、長らく首都であったアヌラーダプラを離れ、より安全なシギリヤへと遷都した。カッサパが在位にあった477年から495年の間、シギリヤは複雑な市街と防衛機能を併せ持つ都として発展し、即位から7年後にはシギリヤロックの頂上に王宮が完成する。

一方、兄カッサパからの難を逃れていたモッガラーナは、亡命先の南インドから軍隊を引き連れ兄に戦いを仕掛ける。当初はカッサパ王が優勢であったものの後に劣勢に転じ、観念した王は喉を掻き切り自害、495年、シギリヤは陥落する。

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3位:バリ州の文化的景観 : トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システム (インドネシア)

出典世界遺産探険家

簡単に言ってしまうと、バリ島の稲作と宗教感が造り出す文化的景観。日本と同じ島国国家のインドネシア。幾つもの島々を旅しましたが、確かにバリ島は独自の文化を持っているな、と感じました。

「トリ・ヒタ・カラナ」とは、サンスクリット語の「トリ」(3)、「ヒタ」(安全、繁栄、喜び)、「カラナ」(理由)に由来し、神と人、人と人、人と自然という三者の調和を重視するバリ・ヒンドゥーの哲学である。

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出典世界遺産探険家

インドネシアでは珍しいヒンドゥー教のバリ島(インドネシアはイスラム教が主流)。そして他国のヒンドゥー教ともまた違った宗教観が根付いているような気がして、世界でもこの場所でしか味わえないと感じています。

出典世界遺産探険家

スバックと水の神様かな。

スバックは9世紀以来のバリの水利組織であり、2008年度の時点で1627のスバックが存在している。この水利組織は公平な水の配分を実現する農民たちのまとまりであると同時に、スバックごとにスバック寺院を持ち、水の神や稲の神などへの崇拝や、それに関わる宗教儀礼とも密接に結びついてきた。

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バリ島に点在する世界遺産なので、1日では周り切れないですけれど、棚田は美しくヒンドゥー寺院も独特なので、是非ゆっくり見て回って欲しい世界遺産です。日本とは似ても似つかないのに、何故か日本を思い起こす。。

出典世界遺産探険家

世界遺産の構成要素は、棚田とその灌漑施設、およびスバックと不可分の存在である寺院群から構成されており、以下の5件に分類されている。

■ウルン・ダヌ・バトゥール寺院
水の最高寺院ウルン・ダヌ・バトゥール寺院は、バトゥール山外輪山の尾根に建っている。バトゥール湖の女神はすべての川や泉の母神となったと信じられており、彼女をはじめとする多くの神々を祀った寺院である。1926年の噴火を経て、現在の場所に建てられた。緩衝地域はバトゥール村に含まれる地域であり、その村民たちが寺院の管理を行なっている。

■バトゥール湖
バトゥール湖は、前述のとおり、スバックにとっても重要な川や泉を生み出した女神の住処と考えられている湖である。

■ペクリサン川流域のスバック景観
ペクリサン川流域のスバック景観は、9世紀に建てられた水の寺院や知られている範囲で最古の灌漑システムを含んでいる棚田の景観である。

■バトゥカル山のスバック景観
バトゥカル山のスバック景観には、ジャティルイ村の棚田が含まれる。ジャティルイ村はバリ州で最もコメの生産量の多いタバナン県の中でも、生物多様性の保持と水田管理の良好さとで評価される村である。かつて緑の革命はバリ州にも及んだが、ジャティルイではアニアニ(稲穂刈りのための小刀)を使った収穫や、ゴトンロヨン(日本の結のような互助労働)など、古くからの様式が保存されている。

■タマン・アユン寺院
水の王立寺院タマン・アユン寺院 は、18世紀初頭に建造された最大の水の寺院である。建築的にもほかの水の寺院と異なり、ジャワ島や中国の建築様式の影響が指摘されている。

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2位:法隆寺地域の仏教建造物群(日本)

出典世界遺産探険家

日本に居るとあまり気が付かないというか、むしろ寺=木造が当たり前なので、その価値に気が付きにくい、と東南アジアを回っていて感じました。

「世界最古」の木造建築の三重塔(706年)に、五重塔(7世紀末~8世紀初)。もうこれだけで、ものすごい価値があるんですよ。700年代といえば、インドネシアのボロブドゥール寺院がありますが、ボロブドゥール寺院は8世紀頃には打ち捨てられ、その後荒廃が進み、1814年の英国スタンフォード·ラッフルズ卿が発見した時にはほぼ崩壊していました。

法隆寺は7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子ゆかりの寺院である。創建は金堂薬師如来像光背銘、『上宮聖徳法王帝説』から推古15年(607年)とされる。金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで、西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。

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それに比べて、法隆寺は7世紀から現在に至るまで面々と受け継がれてきています。日本では当たり前の災害、地震にも耐えてきた法隆寺。なんと五重塔には「やじろべえ工法」という、耐震設計もなされていたのですから、驚きです。

ちょっと渋い選択ですが、ボルブドゥールやアンコール、その他ヨーロッパの石組み教会よりも古い木造建築は「世界の遺産」として誇れるものだと思います。

この遺産には法隆寺の建造物47棟と法起寺の三重塔を加えた48棟が含まれる。法隆寺をはじめとするこの地域の仏教建築物は聖徳太子と縁が深く、中国の六朝時代の建築の影響を多大に受けている。

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1位:アンコールの遺跡群(カンボジア)

出典世界遺産探険家

ベタですがやはり1位はアンコール。美しさ・規模ともにアジア最大級の遺跡ではないでしょうか。

アンコール遺跡(アンコールいせき、Angkor)は、カンボジアの北西部、トンレサップ湖北岸のシェムリアップの北側にあったクメール王朝時代の遺跡群である。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。

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出典世界遺産探険家

アンコール遺跡群は現在のカンボジア王国の淵源となったクメール王朝の首都の跡である。

この地には、9世紀頃から数々の王建設が開始された。この遺跡に特に大きく関わったとされるのはスーリヤヴァルマン2世(1113-1145年)とジャヤーヴァルマン7世(1181-1218年)といわれる。スーリヤヴァルマン2世は特にアンコール・ワットの建設を行い、その死後30年ほど後に王に就いたとされるジャヤーヴァルマン7世はアンコール・トムの大部分を築いたとされる。

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出典世界遺産探険家

回廊のレリーフには圧巻です。

実は未完成だったりする

出典世界遺産探険家

小ネタですが、アンコール・ワットのレリーフを見てまわっていると、所々未完成?と思われる部分があります。これは占いなどで完成日が先に決められ、その日が来たらたとえ未完成でも「完成」にする、つまり占いの日は絶対に変えられないし、その日までに何としてでも終わらせる!って気概も日本人よりも薄かったのかもしれないですね。これが日本だと「デス・マーチ」になってたでしょう。

2014年までの世界文化遺産を振り返ってみて

世界遺産の登録基準に「ある期間にわたる価値感の交流又はある文化圏内での価値観の交流を示すものである。」というのがあるのですが、それを肌で実感できた1年でした。

たとえば今回1位になったアンコールワットは、お隣タイのアユタヤ(これも世界遺産)に滅ぼされた、とか、ベトナムの世界遺産「ホイアン」やアユタヤに日本の朱印船が来ていた、とか。法隆寺の仏像のお顔と同じような仏像を大陸で見て、シルクロードを感じてみたり。

国境を超えた「文化的」繋がりと歴史が確かに存在するんですよね。

世界遺産探険家の2015年。

2014年は東南アジアまでで終わってしまいましたが、2015年はミャンマー・バングラデシュ・インド・ネパールと中国リターンを狙っています。恐らくネパールと中国(は希望的観測。九寨溝も観光地化されているのかな)が上位に組み込まれるんじゃないか・・と今から楽しみです。

2015年も世界遺産探険家をよろしくお願いします!

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■自己紹介
世界遺産を見る旅に出るため、脱サラから旅人に転職。
数百円の安宿から数万円の高級リゾート迄、年間100件近くの宿を渡り歩くホテルマニア。
世界遺産・ホテル・温泉・ビールが最早人生の旅人は、片言の英語と中国語を駆使して世界の何処かで生きています。

■プロフィール
T関連専門学校卒業後、オフィス機器メーカー・専門商社・コンサルティングファームと異業種を渡り歩く。幼少時から世界遺産が好きで、いつか世界遺産を巡る旅に出たいと胸に秘めつつも実行に移せず数十年。現在の夫と出会い意気投合し、世界遺産探険家として新たな人生を歩む事を決意。現在に至る。

2013年6月 車にて約2ヶ月半かけて日本一周。
2013年9月 世界旅行に出発
台湾・フィリピン・中国・ベトナム・カンボジア・タイ・マレーシア・シンガポール・ブルネイ・スリランカ・インドネシア 計11ヶ国滞在 54の世界遺産と9つの暫定リストを制覇。
2014年9月 世界旅行2年目突入!今年の目標は西アジアに辿り着くこと。

今年も世界遺産制覇目指してがんばります。

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