先日11月3日午後1時22分、ついに打ち上げに成功した小惑星探査機「はやぶさ2」。

天候の不順などで再度の打ち上げ見送りが行われ、見守るファンをヤキモキさせましたが、やはり見事に打ち上げられたH-IIAロケットの雄姿を目にすれば、そんな思いなど全て吹き飛んでしまいます。

そして、はやぶさ2を搭載したH-IIAロケット26号機の打ち上げ中継を見ながら、あの懐かしい先代「はやぶさ」のドラマに思いを馳せて、胸を熱くした方も多いのではないでしょうか。

はやぶさ開発の知られざるドラマ、そして日本のロケット開発の輝かしい歴史をご紹介します。

初代「はやぶさ」が到達した小惑星イトカワの名前は、日本のロケット開発の父・糸川英夫博士の名前から取られました

出典 http://ja.wikipedia.org

小惑星探査機「はやぶさ2」が向かうのは、地球近傍小惑星の1つ「1999 JU3」。先代探査機はやぶさが到達した小惑星イトカワとは違って、ずいぶん無機質な名前だと感じられた方も多いのではないでしょうか?

しかし、初代「はやぶさ」が打ち上げられた当初は、イトカワも1998 SF36という仮符合が付けられただけの無名の天体でした。小惑星1998 SF36に「イトカワ」という名前が付けられたのは、はやぶさが打ち上げられた後のことだったのです。

「はやぶさ」が目指したイトカワと「はやぶさ2」が目指す1999 JU3の位置関係

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小惑星1998 SF36の命名権を持っていたのは、惑星の発見者であるLINEAR(マサチューセッツ工科大学:リンカーン研究所の地球接近小惑星研究プロジェクト)。

「イトカワ」という名前は、日本の宇宙開発研究所がLINEARに日本のロケット開発の父である糸川英夫博士の名前を付けるように依頼したことから、命名されました。つまり「はやぶさ2」が向かう小惑星1999 JU3も、一時的に付けられている仮符合なのです。

今回の小惑星に、今後どのような名前がつけられるのかも注目されるところです。

「挑戦が力を生み、継続が力を深める」

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そして今回の「はやぶさ2」のミッションのテーマとなっているのが「挑戦が力を生み、継続が力を深める」という言葉。

先代「はやぶさ」のドラマティックな惑星探査紀行は、まさに「挑戦」を体現するかのような感動的なエピソードでしたよね。そして今回、打ち上げに成功した「はやぶさ2」による実験の継続が、まさにその力を深めようとしています。

太陽系と生命の起源の謎を探る! 小惑星探査機「はやぶさ2」

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はやぶさ2の目指す小惑星「1999 JU3」は、イトカワに比べて、より太古の物質を持っていることが予想される炭素質の惑星。私たち地球上の生命のルーツである可能性も考えられるというわけなんです。

炭素生命体である私たちニンゲンのルーツが、もしかしたら「はやぶさ2」の持ち帰る小惑星サンプルによって判明するのかもしれません。

はやぶさ2の活躍で、太陽系や生命の起源の謎が判明するかもかもしれない....そう考えると、ワクワクしてきませんか?

鉛筆ロケットから始まった、日本のロケット開発

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では、日本のロケット開発がどのように始まったかを紐解いてみましょう。

それは1955年4月、東京・国分寺の工場跡地で行われた「ペンシル・ロケット」と呼ばれる小さなロケットの水平試射実験。全長23センチ、直径1.8センチ、重量200グラムの小さなロケットが日本のロケット開発の出発点でした。

「ジェット機とは違い、空気のないところでも安定して飛べるロケットを作りましょう」糸川教授(当時)の一言が、日本のロケット開発の始まりとなったのでした。

実験はロケットの水平試射から始まりました

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ペンシル・ロケットの開発名は「タイニー・ランス」。

東京大学生産技術研究所AVSA(Avionics and Supersonic Aerodynamics:航空及び超音速空気力学)班が開発した一連の小型ロケットシリーズのことを指しています。

また、開発を主導した糸川教授は、時の米ソ対立に代表される大型実験機とは異なり、機体を縮小して実用化する「逆転の発想」を用いたと後に説明しています。

「秋田ロケット実験場」の誕生

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鉛筆のようだった小さなロケットには次々と改良がくわえられ、ついに秋田県道川海岸で300ミリロケットの垂直飛翔実験が行われることとなります。

しかし、日本には外国のように広い砂漠が存在しないため、飛翔実験の場所の選定は慎重に行う必要がありました。また、当時の海岸は米軍の管理下にあったこともあり、発射場として利用可能な海岸は、日本海に面した限られた一部の海岸しか存在していなかったのです。

そうして選定された海岸が、秋田県の道川海岸。日本で最初のロケット発射場「秋田ロケット実験場」の誕生でした。

そして「飛翔実験」へ

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「ペンシル300」と名付けられた、日本で最初に飛翔実験に成功したロケットは、1955年(昭和30年)8月6日に秋田ロケット実験場から打ち上げられました。

到達高度600メートル、水平距離700メートル、飛翔時間16.8秒。これが日本で行われたペンシル300の実験記録です。

ペンシルから「ベビー」へ

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飛翔実験に成功したペンシルロケットは、さらに姿を大型化し、全長120センチの二段式「ベビーロケット」へと進化を遂げていきます。

ベビーロケットの飛翔実験は成功し、1955年(昭和30年)12月までに打ち上げられた計13機の到達高度は6000メートルに達しました。

ロケット開発のあゆみ~ペンシルからM-Vまで~

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この映像には、日本のロケット開発における歴史が凝縮されています。少し長めの動画ですが、今こそ観ておきたい映像となっています。

そして開発は「はやぶさ2」へ

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糸川博士の夢を乗せた「はやぶさ」、そして人類の夢を乗せた「はやぶさ2」。

21世紀に至り、技術は劇的な進歩を遂げていますが、その地道な努力のなにか一つが欠けていても、現在に到達することはできなかったに違いありません。

日本のロケット開発の歴史は、まさに継続することによって成し遂げられた軌跡の結果といえるものだったのですね。

「はやぶさ2」ミッション紹介CG / Hayabusa2 CG

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そして今回、はやぶさ2を打ち上げたH-IIAロケットには、ピギーバック衛星とよばれる公募により選ばれた「小型副ペイロード」も積載されていました。

ペイロードとは、大型ロケットの打ち上げ余剰能力を活用して、主衛星(今回は「はやぶさ2」)とともに打ち上げられる人工衛星のことを指しています。

今回ペイロードとして選ばれた小型衛星は、以下の通りです。

●PROCYON(東京大学・JAXA)
高さ63cm、幅55cm、奥行き55cm、重さ約65kgの超小型探査機。複雑な宇宙探査を小型機でどれだけ可能かを検証する。超小型のイオンエンジン「I-COUPS」を使って小惑星探査を行い、小惑星から数十kmという接近距離から高速でフライバイしながら撮影を行う計画。

●ARTSAT2-DESPATCH(多摩美術大学)
各寸法約50cm、重さ約30kg。東京大学との共同開発。3Dプリンタを使い出力された、衛星そのものが「深宇宙芸術作品」となっており、地球脱出軌道に投入することで「深宇宙彫刻」となる。また搭載センサーから、独自開発されたアルゴリズムを用いて宇宙空間から詩を生成し、CWビーコンとして地球に送信する。そして世界のアマチュア無線家に協力を仰ぎ、送信された微弱電波を世界中でキャッチしSNSなどで共有するテレメトリ共同受信(協調ダイバシティ通信実験)を行う。

●しんえん2(九州工業大学)
直径約50cmの14面体の形状をした重さ約17kgの超小型人工衛星。太陽を楕円形に周回して約38万kmの距離でデータ通信の実験を行う。

出典 http://ja.wikipedia.org

東大、多摩美大、九州工大が英知を結集したペイロードが「はやぶさ2」とともに宇宙へと旅立ちました。

はやぶさ2の帰還は2020年予定

出典 http://youtu.be

ついに宇宙に旅立った「はやぶさ2」は、2018年に小惑星1999 JU3に到着予定。そして、2020年には地球へ帰還する予定となっています。

彼の長い旅が順調なものであることを、願わずにはいられません。

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ヴンダーカンマーに暮らすことが夢のフリーライター。歴史とサイエンスフィクションを渉猟しつつ、海外ネタを中心にコタク・ジャパンやAmp.などでも執筆させていただいております。座右の銘は「案ずるより産むが易し」。猫好き、レトロ好き、映画好き。広く浅くがモットーです。

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