工藤公康氏が、来季より福岡ソフトバンクホークスの監督に就任した。

新監督就任での会見で、王会長への恩返しを誓った

99年以来、15年ぶりにソフトバンクのユニホームに袖を通すことになった工藤氏は「尊敬する王会長に声を掛けていただき、恩返しがしたいと思った」と就任理由を明かした。

背番号は81を選んだといい「秋山前監督が多くの選手を育て、日本一になられた。そのチームを受け継ぐ意志の表れとして、一番僕にぴったりの番号だと思う」と話した。

ホークスとの縁は、西武からの移籍から始まった

95年は王監督の就任1年目で、当時球団幹部だった根本陸夫氏(99年に急逝)がライバル西武から“引き抜く”形で獲得した。

出典 http://headlines.yahoo.co.jp

工藤氏は現役時代の秋山監督とともに弱小と呼ばれたホークスを改革した。徹底した体調管理、妥協を許さない練習を有言実行で示し、さらに厳しい指摘で若手選手を育てた。勝利を追求する姿勢は選手に受け継がれ、ホークス黄金期の礎となった。一方でグラウンドを離れれば気さくな性格から、城島氏らに「兄貴分」と慕われた。

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福岡では、ファンが訪れる自宅近くの飲食店にも家族を連れて足を運ぶなど、街にも溶け込んでいた。99年オフにFA宣言した際は、残留を願う約15万人のファンの署名が届けられたが、巨人移籍後、数年かけて直筆で宛名を入れた御礼のはがきを返信した。いまも当時の署名は横浜市の自宅で大事に保管されている。

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ダイエー球団末期のころ、あまり上手な交渉ができずに、工藤氏を手放してしまいました。しかし、15万人を超えるホークスファンが工藤氏へ、残留の嘆願書を提出したそうです。さらに工藤氏は、コツコツとその嘆願書を起こったファンへ、直筆のサイン付きのハガキを返信していたというすごいエピソードがあります。

出典 http://www.hawks-avispa.com

15万人ものファンに直筆サイン入りハガキを返信。数年間もの時間をかけながら返信した。

ホークスファンに返信した直筆サイン入りハガキ

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