小池百合子氏率いる新党「希望の党」が公約として掲げたことで、一気に現実味を帯びてきた「ベーシックインカム」。

この制度に肯定的な見方を示しているメルマガ『週刊 Life is beautiful』の著者で世界的プログラマー・中島聡さんは、まず「ベーシックインカムとは何か?」という基本を解説。さらに「希望の党」のこの制度に対する本気度についても考察しています。

AIがもたらす大失業時代のベーシックインカム

希望の党が、公約の一つとしてベーシックインカムを掲げました。票集めのためのリップサービスだとは思いますが、ベーシックインカムというアイデアそのものは、議論する価値のあるものなので、簡単に解説します。

ベーシックインカムが最近注目を集めている一番の理由は、グローバル化により拡大した(そして、AIの進化によりさらに広がる)貧富の差がもたらすだろう社会秩序の混乱と政治不安です。

米国で、トランプのようなとんでもない人物が大統領に選ばれてしまった一番の理由は、グローバル化のメリットを受けることが出来ずに衰退してしまった Rust Belt と呼ばれる旧工場地帯に大量にいる、現状に不満を持つ人々による支持です。

トランプは、移民排除、メキシコ国境への壁の建設、中国に対する高い関税などの甘い言葉により、彼らの票(および彼らと同じような境遇にある人々の票)を大量に集めることに成功したからこそ大統領になれたのです。

現状に不満を持つ人々の怒りの矛先を、移民や異宗教の人々に向くように仕向けた上で票を集めるという手法は、アドルフ・ヒットラーが使った手法として有名ですが、その行き着く先が、ユダヤ人の大量虐殺であり、第二次世界大戦だったことは歴史が証明しています。

あんな不幸を2度と繰り返さないためには、ヒットラーのような人が票を集めて国の代表になってしまうことをなんとか阻止しなければならず、そのためにもっとも重要なことは、グローバル化やAI化によって大量に生み出される失業者対策なのです。

これまでの社会は、最低賃金、労働組合、解雇規制、失業保険、年金、生活保護、職業安定所などの仕組みで、労働者を守り、失業者を保護しようとして来ました。

しかし、それらがどれも不十分であるだけでなく、不公平感も産み、やたらと政府を大きくしてしまうという弊害も持っていることが明らかになって来ました。

日本で、生活保護を受けながら毎日パチンコ屋に通っている人がいて、それを監視するために雇われた役人がいるとか、特定の人が生活保護を受けられるかどうかは(明確な基準ではなく)担当の役人の裁量次第で決まる、などはその弊害の良い例です。

ここ数年のAIの劇的な進化を見ると、「仕事のAI化が社会にもたらすインパクトはグローバル化とは比較にならないほどの大きなものであり、日本も含めた多くの先進国が近いうちに「大失業時代」に突入することは明確です。

そこで、その「大失業時代の社会秩序の安定方法として最近注目を浴びて来たのがベーシックインカムなのです。

ベーシックインカムとは何か?

ベーシックインカムとは、ひとことで言えば、国民全員に、生きて行くのに最低限必要なお金(生活費)を毎年配布するという社会保障制度です。

お金持ちから失業者まで満遍なくお金を配るというのがミソで、それにより、(特定の条件を満たした人たちだけが受けることができる)失業保険・生活保護・年金・介護保険・私立助成金・子供手当などを全廃し、役所の機能と政府の支出を大幅に削ることが可能になります。

それだけでなく、ベーシックインカムの導入と同時に、労働者を保護するための、最低賃金、労働組合、解雇規制、派遣法、職業安定所などシステムも全廃が可能になります(全廃してこそ、ベーシックインカムの導入の意味があります)。

派遣社員と正社員の区別などなくなり、会社は必要に応じて、いつでも自由に解雇することが可能になります。

ベーシックインカムにより、人々は「生活費を稼ぐために働く」ことから解放され、「生きがいより良い生活のために働くようになる、というのがベーシックインカム支持者の意見です。

その結果、今のように「過酷で給料が安い」仕事には人が集まらなくなり、過酷な仕事にはそれなりの高給が支払われるようになると主張しています。

人々から「生活費を稼ぐためには働かなければならない」という弱みを取り除くことにより、労働市場に競争原理が働くようになる、という発想です。

ベーシックインカムだけで暮らして行くことを決めた人は、職探しなどせず、生活費の安い地方に移り住んでのんびりと生きて行くことも可能だし、今だとごく一部の人たちしか生活費を稼げていない、芸術家・音楽家・作家などの職業を選ぶことも容易になります。

「希望の党」は本気なのか?

このように、ベーシックインカムとは、社会保障だけでなく雇用のあり方から人々のライフスタイルまでを根本的に変える大改革なのです。

ベーシックインカムを公約として掲げるのであれば、ベーシックインカムの導入と同時に何を廃止するのか、国の予算をどのくらい縮小するのか、財源はどうするのか、人々の労働意欲をどうやって維持するのか、などの根本的な議論が必要なのです。

さらに、大量に解雇されることになる役人達(及び大量に廃止される特別法人)からの必死の抵抗にあうことは目に見えているので、どうやって「ベーシックインカムは導入したものの、政府の大きさは変わらない」などの腰抜け政策にならないようにするかの綿密な戦略も必要です。

ちなみに、希望の党の公約にベーシックインカムを入れることを提案したのは、木内孝胤(たかたね)衆院議員だそうです(参照:希望の党「ベーシックインカム公約」発案者を直撃―実現可能性を検証した)。

この記事を読む限り、希望の党の公約は導入の検討をする程度のものであり、党として明確なビジョンを持っているわけではないようです。

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