『お咒い日和 その解説と実際』(加門七海/KADOKAWA)

手のひらに「人」という漢字を書いて飲みこむ。あがり症の人なら一度はやったことがあるのではないだろうか。普段はそんなオマジナイなんて信じちゃいない。

でも、負けられない試合や今後を左右するプレゼンなど絶対に失敗できない場にあれば、そのときばかりは藁にもすがる思いでやってみる。さて、その効果は…?

『お咒い日和 その解説と実際』(加門七海/KADOKAWA)によると、もし本気であれば「闇雲にマジナイをやっても効果は出るかもしれない」という。必死の思いで「人」という字を飲みこめば緊張を解きほぐせる可能性があるのだ。

さらに、「知識があれば、もっと的確な効果が得られる」とか。もしうまく使えるならば、普通ならできないコトをやってしまえるかもしれない。

恐いモノなしになれるかもしれない。望み通りの人生を切り拓くことができるかもしれない…!オマジナイという魔法、ぜひともマスターしたいものだ。

だが、本書には「こんなときにはこのオマジナイ」なんて安易なことが書かれているわけではない。むしろ「密教や秘密結社等に伝わるマジナイは、公になったときにはもう、当事者たちはその方法を手放しているときがある」らしい。

そもそも書物に書かれたオマジナイは使えないというわけだ。だからといってガッカリするのは早い。オカルト・風水・民俗学などに造詣が深い著者の加門七海氏は、オマジナイとは何かを解き明かすべくその歴史や伝統を資料から探りつつ取材も敢行。

オマジナイを真面目に考察している。オマジナイとは何か。呪いや祈祷とはどう違うのか。素人はその根本的なところを知ることができる。

まず、オマジナイは呪いや祈祷と「違いはない」と断言。「すべてはなんらかの道具や行為、あるいは意志の力を用いて、超常的な力を頼んで結果を得ようとする行い」と説明する。

例えば、奈良時代の学者で二度の入唐を果たした吉備真備は、若い頃に国守の若君から夢を買い取ったという。その夢は夢解きの女によると、その若君が将来大臣になれるという素晴らしいものだった。買うにしても、どうやって夢を取るのか。

それは夢解きの女に対して若君が相談したときと寸分たがわぬようにその夢を語ること。夢解きの女も同じ言葉で夢合わせをした結果、若君は官職につけないまま終わり、真備は大臣にまで上り詰めたという話である。

確かに真備にとっては幸福を呼ぶオマジナイだが、若君にとっては呪いである。夢ってすごい。その気になれば人の夢さえ奪い取って幸せになれるのだ。

しかし、ここでさらに注目すべきは言葉の力。「言葉は夢より遥かに強い」と著者はのたまう。その夢について語ることで簡単にひっくり返せるのだから。本書は多種多様なオマジナイの中で最も力があるもののひとつとして「言葉」を挙げる。

「言霊」と呼ばれるように、言葉が霊力を持つという考えだ。普段使う「いってらっしゃい」といった言葉でさえ、言霊を用いたオマジナイなのだそう。「行って」から「いらっしゃい」と帰るように半ば命令する引き戻しの呪言である。

ただの挨拶のつもりが、知らず知らずのうちに身内の人間にオマジナイをかけていたわけだ。そして、その意味をちゃんと理解して発する方がより効果的らしい。今度から大切な人に意識的に声をかけてみるといいかもしれない。

逆にわざと悪い言葉を使い、魔から身を守る方法もあるという。例えば、「愚息」や「粗品」。謙遜して「愚息」と呼ぶ場合はよくあるが、「粗品」は最近では「人にあげるものをわざわざ悪く言うなんて」といった意見をよく聞く。

だが、これも「素晴らしいものです」などと言えば悪いモノを引き寄せてしまうとの考え方からきているものだとか。

そういえば先日、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』の小野但馬守政次の処刑シーンがツイッターで「究極のラブシーン」と呼ばれ話題になった。

このとき、政次が今際の際に直虎に向かって発した「未来などおなごだよりの井伊にあると思うのか。生き抜けるなどと思うのか」というセリフ。これを本書に照らし合わせれば、まさに悪く言うことで井伊を守ろうとするオマジナイだったと言える。

本書の装丁はとても美しい。カバーは上品な黒。これをめくると真っ赤な表紙が現れる。そして、白いタイトルページの裏はなぜかそこだけ鈍く光る金色だ。

黒と赤と金のコントラストがなんとも神妙な心持ちにさせる。読者をオマジナイにかけようとしている気配を感じるが気のせいか。私もこの記事に何かオマジナイをかけてみようかしら。

…と思うが、プロは本当にオマジナイが必要か否か、まず占いをするそうだ。「せずともいいことに労力を費やせば、運の勢いは衰える」と説く。う~ん、それは嫌だ。

さらに、「迷いは持たないほうがいい。逆に迷いあるのなら、それらに手を出してはならない」とも。なんとなく、とりあえず、ではダメなのだ。オマジナイは豊富な知識と能力とセンスを必要とし、相応の対価も覚悟しなければならないという。

素人がヘタに手を出したら、失敗したときのリスクの方がずっと大きいかもしれない。オマジナイはムツカシイ。触らぬ神に祟りなし。

どうしてもオマジナイの力を借りたいときは、そのための代償もしっかり考えて臨もう。すべてが思い通りになる魔法なんてこの世には存在しないのだから。

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