少女マンガの恋愛は、まず心がつながって、そして体も…というパターンだったはず。現実にはそんな「正しく」恋愛が進むわけじゃないことはわかる。

でも本行と亜希の関係は「体だけだと割り切っている」とも違い、「特定の相手にだけ下半身が反応する」という特殊なもの。そんな体の特別感から恋は始まるのか?それはおかしい?それともおかしくない?

肉体的な特別感だけ与えられる主人公

「体だけ」「心だけ」と割り切れない関係を描き、従来の恋愛観をゆさぶる『カカフカカ』。自分以外に「たたない」彼に翻弄される主人公──。いったいなぜこのような設定になったのだろう。

「少女マンガって〈肉体的な何か〉より〈精神的な何か〉を尊ぶ志向がありますよね。でも私は、心と体を区別して考えることが正直よくわからないんです。肉体も精神も球体のオモテとウラのように、ぐるりとつながっているんじゃないかと。心と体を分けて考える生物って地球上でおそらく人間くらいなのではないでしょうか。そう考えると、実に不思議な生き物ですよね」

そのオモテとウラ──本行にとって肉体的に、太一にとって精神的に特別なのが亜希だ。

「少女マンガにおいて、〈特別感〉は絶対に外せない要素ですよね。でも亜希って、物語の冒頭でいきなり特別感だけが与えられるんですよ。『従来の少女マンガで尊ばれている精神的なものを排除して、肉体的なものだけで〈特別である〉という、めちゃくちゃ極端な状況を作ってみよう』というところから出発したんです。その極端な状況をそのまま続けてみたら何が起こるのかなと、実験に近い感覚で描いています」

セックスという行為にあまり期待しちゃいけない

従来の少女マンガでは、肉体的な関係が気持ちを引き寄せる大きな引き金として描かれることが多かったが、本行と亜希は違う。それがリアルでもあり、もどかしくもある。

「セックスという行為にあまり期待しちゃいけないんじゃないかな、と思っているんです。そんなに特別なことじゃないのでは、と。他人との関係を深めるのって、相手の認識や心の奥の何かに触れていくことですよね。セックスもひとつの手段になりうるとは思いますが、必ずしもそうとは限らないだろうなぁって」

このあっけらかんとした考え方の大元となるのが、石田さんの作品『パラパル』にあった「人間はみな管の生き物」という表現かもしれない。

「たいがいの生き物は、すごくおおざっぱにいうと基本的構造は『管』ですよ(笑)!だって、受精卵が分裂して最初にできるのが口と食道と肛門ですから。人間は誰しも管になるところから始まって、そこを物が通過するときに快楽を感じるという…」

その快楽を求めてしまい、自己嫌悪に陥る亜希。身体の欲求を認めることは、そんなにいけないこと…?

「物理的にそうできていると、心の問題などのあれこれも、おのずとその構造に追随していくと思うんですけどね。少女マンガならずとも『快楽を第一目的とするのは、あんまり上等ではない』と思われる向きはありますけれども」

「絶対ヘンなことはしない」添い寝?

2年前から「たたない」本行は、なぜか亜希だけに体が反応する。小説の執筆に深刻な影響を及ぼしている「たたない」状態を解決したい本行から、「絶対ヘンなことはしない」という約束のもと添い寝を頼まれる亜希。

「お願いされたら断れない女」になってしまうことを危惧しつつ、触れ合うことの気持ちよさに亜希は困惑するのだった。

(C)石田拓実/講談社

卑屈で消極的な女だから?うれしくないプロポーズ

「結婚には興味がない」「恋愛も見合いもする気がない」という太一が、突然亜希にプロポーズ。

その理由は「最低限の常識と生活能力はありつつ、でもめんどくさそうな夢も目標も特に打ちこむものもなくて、そこそこ世話好き気質だけど自分に自信なくて、卑屈で消極的だから、ヘンにでしゃばったり調子のったりもしなさそうで全体的にちょうどいい」からというが──。

決定的に傷つくことを避けようとする人々

恋する相手の気持ちがわからないのは主人公だけで、読み手は登場人物の心の内を読み取れる展開が多い。しかし本行は、亜希はもちろん読者もその胸の内が掴みにくい。

「キャラクターは私と違う人格なので『私の思いどおりには絶対に動かない』とつねに思っています。実際、他人の行動の真意は見えないですよね。その人に聞かない限りはわからない。だから作品を描くときも、そうしようと心がけてるんです。キャラクターが何を考えているのかは、知人の体を探るような気持ちで、予想と推測と想像で描くしかない。本行って何考えてるんだろうなぁって、いつも思ってます」

そのもどかしさが作品のリアリティを作っているのかもしれない。自己否定感の強い主人公というのも生々しい人間らしさがある。

「私の描くキャラクターって、みんなこわがりですよね。私がこわがりだからなのかもしれないです。人と人って、離れていたほうがラクで安全じゃないですか。離れていることで手遅れにはなるかもしれないけど、決定的に傷つくことは避けられる。『やっぱりね、知ってた知ってた~』って。いま、若い人は特にそう考える人が多い気がします。この自己肯定感が低い主人公に『共感する!』というお声をいただけることも思いのほか多くて『現代病んでる…!(笑)』と思ってしまいました」

先が見えない物語。ラストが気になる読者は多いのでは?

「うーん、むしろ『ハッピーエンドって何でしょう』って皆さんにお聞きしたいです。童話ではよく王子様との結婚でめでたしめでたしになりますが、童話の王子様たちってみんななにもしないし、好きな女の顔も見分けられないし、どう考えてもハッピーになる気がしない(笑)。結婚はゴールではなく、新たなクエストへの出発くらいなのかなあと。物語ってどうしても、登場人物の人生の途中で終わってしまいますから、この物語が何をもって〈最後〉となるか、見守っていただけたらうれしいです」

モンスター級の「愛情たっぷり」な母

太一の歪んだ恋愛観は母親によって形成された。過剰とも見える愛情を表現しながらも、太一の言葉には耳を傾けない太一の母。少しでも異を唱えれば「思いやりのない悪いコ」などと否定する。

青年になった太一は、付き合っている女性に「してあげる」といった態度を示されると強い拒否感を抱くようになっていた。親との関係は、恋愛観に少なからず影響している?

自己否定感の強い主人公

以前は根拠のない自信に満ちあふれていた亜希だが、現実に触れ、どんどん自分の値札が下がっていくように感じている。石田さんは「自分と強く共感できるから自己否定の強い女子をメインにして作品を描きたい」という。

恋愛や人生を上手にこなしていけない亜希に共感する読者多数?

(C)石田拓実/講談社

石田拓実

いしだ・たくみ・1976年8月12日生まれ、大阪府出身。93年に『ぶ~けデラックス』秋号「姉妹の法則」で17歳にしてデビュー。主な作品に『ジグ☆ザグ丼』『パラパル』などがある。『カカフカカ』は2013年より『Kiss』で連載中。

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