「生まれてくる子に障がいがあったら」――これはほとんどの人にとって、心の片隅で思いはしても具体的に葛藤することではなかった。ほんの数年前までは。

現在は「高齢出産だから」という理由で妊娠がわかった段階からお腹の子の障がいの有無を心配する女性が増えている。

第一子を産んだときの母親の平均年齢は1975年には25.7歳だったのに対し、2015年には30.7歳を記録した(厚生労働省発表)。

晩婚化、晩産化が進むなか近年は盛んに「卵子が老化する」と報道され、そこには必ず「女性の年齢が高ければ妊娠しにくい」「障がい児が生まれやすい」という情報がセットになっている。

どのくらい生まれにくいのか、どのくらいの確率でどんな障がいをもった子どもが生まれてくるのかといった詳細が置き去りにされたまま、高齢出産の“リスク”だけが独り歩きしているかのようにも見える。

もとより障がい児が生まれる原因は女性“だけ”にあるわけでも、年齢“だけ”にあるわけでもない。

そこにきて2013年から国内の病院でも導入されはじめた「新型出生前検査(NIPT)」がある。

従来行われていた出生前検査は低いとはいえ流産のリスクがあるか、または精度が低いものだったの対し、この方法は母親から血液を採取するだけなのでローリスクであるうえ、そこに含まれる赤ちゃんのDNAを検査することで、13トリソミー、18トリソミー、21トリソミー(ダウン症)といった染色体異常の有無が高い精度でわかる。

これにより女性たちの「検査を受けたほうがいいのか」「それとも受けないほうが」という葛藤がより強まることになった。受けると決めた後には「障がいがあるとわかっても産むのか」「それとも妊娠を中断するべきか」というさらなる葛藤が待っている。

『出生前診断、受けますか?納得のいく「決断」のためにできること』(講談社)は、2012年に放映された「NHKスペシャル 出生前診断 そのとき夫婦は」以降、追い続けてきた取材班による、出生前検査とその診断を前に揺れ、決意し、その後を生きる女性とその家族のレポートである。

妊婦健診で日常的に行われている超音波検査で障がいの可能性が指摘された。高齢のため最初から受けることを決めていた。

あるいは、自身に障がいがあるために周囲から受けたほうがいいと勧められた…事情はそれぞれでも、軽い気持ちで詳細な検査を受けようというカップルは、ここにはひとりもいない。潰れそうな気持ちを抱えて検査を受け、祈るような気持ちで診断を待つ。

子どもに障がいがあるとわかれば産むか、妊娠を中断するかの判断を迫られる。人工妊娠中絶が認められるのは妊娠22週目までだから、とことん考え、話し合って結論を出すには、あまりに少ない時間しか用意されていない。

気持ちとしては産みたい、でも育てていく自信がない。自分たちのほうが先に死んだら、この子はその後どうするのか。または、ほかの家族に反対される。

あきらめたほうがいいと思いながらも、それまでお腹で育ててきた子は愛おしく、人によっては年齢的にこれが最後の妊娠かもしれない、となると心がなかなか決まらない。さらには生まれてもごく短い時間しか生きられない命もある。これをどう考えるか。

取材班はそんな家族の声を拾い上げるだけでなく、彼らに寄り添い、できるだけ多くの情報やデータを提示して、納得のいく結論が出るまで根気強く待つ医療者や遺伝カウンセラーにも迫っている。

どの発言もひとつひとつに重みがあり、まだものを言わないお腹の子のことを多くの人が懸命に考えている様子が伝わってくる。

出生前検査は「命の選別」につながるのではないか、という懸念は根強くある。しかし本書には、診断によって子どもの障がいがわかっていたため物心ともに備えたうえで子どもを迎え入れられた夫婦が登場する。

苦渋の末に妊娠の中断を決意し、いまもその子とともに過ごした時間を大事にしながら暮らす夫婦も登場する。

産むも産まないも等しく重い選択で、今後、検査を実施する施設が増え受診する人が増えても、子どもの命が軽々しく“選別”されるとは本書を読むかぎり思えない。むしろ、その懸念が強くなるほど、中絶を選んだ人が罪悪感に駆られるのではないか。

また、日本社会において障がい者がいかなる存在であるかが、出生前検査をとおして見えてくる。子どもに障がいがある可能性を指摘され、障がい者と深く接してきたことのない自分に気づく男性。

「あなたたちは、何を根拠にダウン症の人たちが幸せじゃないって言えるんですか?」という想いがふくらんでいく女性。

「日本の福祉は充実しています。医療でも療育でも、金銭面も含めてきちんと援助してくれて、見放されるということはありません」という医師の説明も紹介されている。

が、相模原障がい者施設殺傷事件やその犯人に賛同する声が少なからずあったことも記憶に新しい。

制度面が整っていても障がい者に向けられるまなざしに厳しいものがあるからこそ、障がいがある子どもを産むと決断するのに大きな覚悟を要するのではないか。そう思わずにはいられない。

本書は、巻末に「出生前診断や遺伝カウンセリングのことを知りたいときに役立つホームページ」などのリストが収録されていて、これから子どもを望む人にとって実用面でも大いに参考になる。

本書に登場する医療者らの、女性、その家族、そして小さい命でがんばっている赤ちゃんに寄り添う姿勢が何より心強いと感じられるだろう。新型出生前検査はまだはじまったばかり。

制度面でも医療側の体制でも、まだまだ整備が必要といわれているなか、こうした医療者が進むべき道を照らしてくれていると感じられた。

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