『捕まえて、食べる』(玉置標本/新潮社)

川沿いを歩いていると草むらになにやら数人の大人たちが屈んでいる…大丈夫かと思い近寄ってみると、なんとガスコンロでスッポンをニヤニヤと調理していた!

というシチュエーションに遭遇しても、自分の手で食材を獲って調理して食べることの魅力が説かれた『捕まえて、食べる』(玉置標本/新潮社)を読んでいれば、逃げずにむしろその輪に飛び込むことができるでしょう。

「手ぶらでバーベキュー」といった便利なサービスや、冷凍食品などの企業努力によって、私たちはその気になれば食材の調達や調理というプロセスを省略して、料理の味を楽しむことができます。

その真逆を行こうという姿勢の本書の目次には、「ヒラツメガニを捕まえて手作り麺でラーメンにしたい」「麗しの野草マニアから、多摩川で食べられる野草を教わりたい」など、気になりすぎるリード文が連なっています。

未知なる食材の存在を知り、その情報を集める段階がまず楽しい。そして意を決し現地まで赴いて、期待と不安に揺られながら探しまくる段階もまた楽しい。

だからこそ見事捕獲に成功し、それが想像以上のうまさとなれば、もう楽しさの極致である。

出典『捕まえて、食べる』(玉置標本/新潮社)

そう語る著者は、ひとりよがりのゲテモノリポートに終始することなく、友人たちも巻き込んで相対的な視点もまじえながら「捕まえて、食べる」ことの魅力を伝えようとしており、目的のものを食べるまでの各プロセスが物語のように(時に村上春樹的とも言える比喩をはさみながら)細かな状況・心情描写で表現されています。

物語は情報集めの段階の葛藤から始まります。目的地までの距離、暑さ、交通費…著者は、気になるターゲットを絞り込み、実際捕獲しに行き、調理することの費用対効果の悪さを正直に本書で語ります。

「それでも行くのだ!」という強い意志は、単純な損得を超えた経験が得られることを読者に期待させてくれます。また、シャコを獲りに行ったところマテ貝に遭遇し、獲物探索の途中に目的が切り替わるという偶然など、予想できない展開が待っています。

続いて調理。本当にこの調理法であっているのかという疑問、予想外のにおいや感触の描写にひきつけられます。

特に世界で二番目に臭い料理といわれているホンオフェの調理の場面では、困惑と期待が入り交じった複雑な心情が数ページにわたって書き綴られていて読み応え抜群です。

最後はもちろん実食。たとえ少し味が残念だった場合にも、著者は決して落胆せず、次の狩りへの課題・改善点につなげようとします。

こうした著者の姿勢から、時に人生論とも言えるようなマジメな提言が、コミカルなドタバタ劇の中にパッと飛び込んできます。たとえば野草を食べる章で、著者はその魅力をこのように語ります。

知らなければ単なる雑草、知っていれば美味しい野草。オーバーに言えば、野草を知ると己の世界が少し広がる。

自分の手で調理して、それを味わうという経験は、美味しい時期や部位を理解することにもつながり、次回の野草摘みへとフィードバックされていく。

出典『捕まえて、食べる』(玉置標本/新潮社)

お金を払って確実に手に入るアドベンチャーもありますが、一歩足を止めてみると身近な世界でも冒険できる要素がたくさんあることを教えてくれる…読むと童心に返ることができる一冊です。

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