「子どもは言い聞かせればきちんとわかってくれます」などと育児書には書かれていますが、実際の子どもは大人が考えているよりもずっと頭を使っていますし、当然一筋縄ではいきません。

そんな子どもに対して親はどのような姿勢で接するべきなのでしょうか。今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』では著者の真井花さんが、子育てにおける「一貫性」の重要性について記しています。

一貫性

さて、本日はつい負けそうになるお話。

ひょんなことから親戚の子を育てており、ニワカかーさんを必死にこなしています。やっぱり子育ては難しいですね。

その難しさのひとつは、子供のことを思って忠告したり叱っても子供が言うことを聞かないことからきていると思います。ハッキリ言ってオトナ側が傷つくんですよね、子供のそういう態度に。

言うことを聞かないどころか、ブスくれたり暴言を吐いたりするでしょ。忠告を忠告だと判断できないほど幼い(=知能が低い)ということなのでアタリマエなんですが、それと傷つく気持ちとは話が別ですからねえ。

で、こういうときにどうするかなんですが、やってみた実感としてハッキリ言えるのは、オトナ側の姿勢に一貫性が必要だということです。

なにか教えたり躾けたりするときに、大切なことは、いつでも大切だという姿勢を崩さないことです。大切なことがオトナの状況や機嫌や時間に左右されていては、「大切だ」と子供に伝わらないからです。

たとえば、万引きはダメと教えるときに、

・シャーペンはダメだけど、消しゴムはOK
・ママの機嫌が良いときには、盗ってもOK
・朝はダメだけど、夜のコンビニならOK

…なんて、そんなのあるわけないですよね。万引きは、必ず、いつでも、どんな時でも、ダメです。今は解りやすい刑法犯を挙げましたが、これが、

・夕食前の甘いおやつ
・親戚からもらった高額のお小遣い
・夏休みの宿題を終わらせる期限
・1日のスマホ時間
・トイレ掃除当番の順番
・夏祭りのときの門限

…などだったらどうでしょうか。これらは決まった基準があるわけではなく、その子のオトナ度やご家庭の事情によって違ってくるはずです。

これについてオトナ側が諸事情を考慮して何らか基準を決めるわけですが、それを一貫して伝えられるかという話です。

子どもに一貫性のない教育をすれば後でツケが回ってくる

子供は天使だなんて、大ウ…とまではいいませんが、かなり悪意に満ちた誇張なんじゃないですかね。むしろ実に大人の振るまいをよく見ていて、どうやったら自分にとってトクになるのかを考えており、うっすら狡猾さを感じますから。

なので、オトナ側としては疲れていたりイライラしていたりするときにメンドくさくなって、つい「ま、このくらい…」と弱気になってしまうときに、自分に負けないようにしなくちゃならないんです。

…ほら、コドモが見てるから。そういう弱気になる瞬間がいつなのかをね。そして、オトナの言う大切なことはそんな程度のモンなんだと学習してしまうから。

この一貫性がない子育ては、コドモにとって大きな不幸でしょうね。良いモノを見くびるクセがついたままオトナと呼ばれる年齢に達してしまいます

それはおそらく社会では、丁寧に正してくれる人はおらず、使えないヤツと言われて終わるだけですから。

子育ては、基本的には社会的責任を免除されている期間に終わるべきもので、それ以降は社会的な責任を問われながら(悪くすれば刑務所で)自分の人生に良きクセを着けていかなくてはならないのです。

…タイヘンだよねえ、子供時代に叱られるよりずっと。

子育てに必要なのは一貫性親自身が自分に負けないこと。今日もちゃんと叱りましょ。

権利侵害申告はこちら