東京都千代田区神田神保町。かねてより、全国的に“古書店街”として広く知られる一角である。今でも街中を歩いてみると、表通りや路地にはたくさんの古書店が並んでいる。

筆者もよく神保町界隈を歩くのだが、道行く中でふとこの街の歴史は「どういったものか?」と疑問がわいてきた。

そこで、都内の古書店による団体「東京古書組合」の協力により神保町の歴史を探索。さらに、現在の神保町を支える一人、野球関連の古書やサインボールなどのグッズを取り扱う古書店「ビブリオ」の店主・小野祥之さんにお話を伺った。

◎神保町は学生街だった?教科書の売買で始まった“古書店街”の歴史

明治10年代。神保町周辺には様々な大学が建てられた。神保町交差点から白山通りへ向かった先の「学士会館」には、その名残として「東京大学発祥の地」と書かれた石碑がある。

史料によれば、東京大学がこの地に建てられたのは明治10年の4月。現在の所在地である文京区本郷へ移されたのは、明治18年のことだ。

以降、明治13年には駿河台に法政大学の前身である「東京法学社」、現在の神田神保町3丁目にのちに専修大学となる「専修学校」が開校。

その後、明治18年に中央大学の前身である「東京法学院」、明治19年にのちに明治大学となる「明治法律学校」が建てられ、神保町界隈はたちまち学生街となった。

じつは、この時代こそ神保町が“古書店街”になるきっかけだった。著名な近代文学研究家として知られる野田宇太郎は、自著『東京文学散歩』で「神田の古書街は明治時代の学校出現と共に始まった」と記している。

その当時の主な客層は、大学教授や学生だ。想像するにたやすいが、年度替わりには上級生たちが授業で使い終えた教科書を売り、新年度になれば、下級生たちが教科書を求めて買いに来る。

年度が替わるごとに、そのようなやり取りが文化として発展、神保町は世界にも類を見ない一大古書店街へと発展していった。

◎役割が変化。現在は「価値の分かる“誰かと誰か”をつなげる街」に

神保町の路地裏にある古書店「ビブリオ」(東京都千代田区神田神保町1-25)は、野球を中心にスポーツ関連の古書やファン垂涎の様々なグッズを取り扱うお店だ。

その店主である小野さんは、大学卒業後に大学院を目指して浪人。しかし、浪人中にふとしたきっかけから古書の世界へと足を踏み入れたという。

開業20周年を迎える古書店「ビブリオ」の店主・小野祥之さん。東京古書組合の広報部長も務める。

「浪人時代、本が好きだから神保町を歩いていたんですよ。そうしたらたまたま、古書店で『正社員募集』という張り紙を見つけました。大学院を目指しつつ飲食店などでバイトもしていた当時は、先の進路も決まっておらず迷っていた時期でもあり。話を聞いてみようと飛び込んだら『明日から来てよ』と言われて、それがきっかけで神保町で働き始めたんです」(小野さん)

当時を振り返る中で小野さんは「人生が変わった」と述べる。その後、正社員として働き始めてから7年が経過したのち、今年で20周年を迎える「ビブリオ」の店主として独立するに至った。

小野さんの経営する古書店「ビブリオ」の店内。スポーツ関連の古書を中心に店内には約1万冊の蔵書が積まれる。

当初は学生街として、教科書の売り買いが行われていた神保町であるが、古書店の先輩たちからは「昭和30年代頃まではどのお店も学生のお客さんがぎゅうぎゅう詰めで、表では店主が脚立に座り店番をしていた」と聞いたこともあるという小野さん。

一方、自身が現在の「ビブリオ」を開業してからここ20年ほどで「訪れる人たちは少なくなった気がします」と話す。

インターネットでは個人間での売買も日常的になってきた昨今、一人の客として筆者自身を振り返っても、店舗へ足を運ぶというのは少なくなった。いつでもどこでも、思いついたら商品を探せるし買えるというネット通販の利便性をやはり選んでしまう。

そのような世相を考えると、どうしてもお店の意味というのを後ろ向きに捉えてしまいがちだが、小野さんは実店舗とインターネットの“共存”に前向きな思いを込める。

「私は『Amazon』や『ヤフオク!』などへの出品もしていますが、実際、店舗へ訪れる人が少なくなったとしても、本を売り買いする人たちは減っていないと感じているんですよ。ネット通販を利用される方の中には、以前は店舗に足を運んでくれていた人たちもいます」

需要と供給と硬く表現するのはたやすいが、噛み砕いていえば、商売というのはモノを提供する人と求める人がいるからこそ成り立つのだ。小野さんの言葉から感じられたのは、求める人の選択肢が広まったということである。

店内には歴史を物語るスポーツ関連のグッズも多数並ぶ。写真は往年の名選手として語り継がれるピート・ローズの生写真など。

では一方で、古書を扱う現在の神保町はどんな役割を持つのか。小野さんは「売り手側にとって意義のある街」だと実感を伝える。

「神保町は古くからのブランドがあり、お客さんも信頼して売りにきてくれるんです。古物商として広くみても、やはり“目利き”の世界というのはインターネットでは完結しづらい。例えば、写真では伝わらないような商品の状態を見きわめるのも私たちの仕事で、それぞれの古書店が得意分野を持ちつつ価値を共有できる人たちをつなぎ合わせているのだと思います」(小野さん)

販売の視点からすれば、ネット通販の利用者が増加している以上は「役割を見つめ直す時期にさしかかっている」と話す小野さん。しかし、一方でどのように時代が変化しようとも、人と人の間にモノがあるのは事実だ。

神保町は古書を通して、本の世界で価値の分かる“誰かと誰か”をつなぎ合わせながら今も生き続けているのである。

第58回 東京名物「神田古本まつり」

神田古書店連盟が主催する恒例の年中行事。開催期間中は古本市や本に関する様々なイベントも開催。

2017年10月27日(金)~11月5日(日)

会場:神田神保町古書店街(靖国通り沿い・神田神保町交差点ほか)

■東京古書組合

都内各地域の古書店による連合会。貴重な本を多数取り扱う古書の流通サイト「日本の古本屋」も手がける。

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