『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻/新潮社)

昔の恋人や、かつて好きだった人とSNS上で偶然再会し、公開されている範囲の投稿をこっそり覗いたことがある、という人は少なくないだろう。

色々あって今更親交を再開することなどできそうもないから、多くの人は少しの間感傷に浸っただけで、すぐにその懐かしい人のことは忘れて日常に戻っていく。でも、もし誤って友達申請の送信ボタンを押してしまったら…?

人生の中で一人だけいた、「自分よりも好きになってしまった人」に誤って友達申請を送ってしまったことから、長く止まっていた時間が再び動き出す…。

糸井重里、小沢一敬、堀江貴文らがそのせつなさに悶絶し、各界から大きな反響を受けた『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻/新潮社)は、そんなエピソードから始まる。

WEB媒体「Cakes」で2016年2月から2016年8月まで連載された小説に、大幅に加筆修正をして書籍化された。

物語は、過去と未来が交錯する形で綴られる。アートディレクターとして一定の地位を手に入れた43歳の主人公が、17年前に別れた彼女との思い出や当時の自分を思い返し、記憶を今へと集約させていく。

本書の最大の魅力は、読み手の蓋をされていた記憶が刺激されること。叙情的な文章やエピソードに過去の自分を思い出し、重ね合わせる人は多いだろう。

例えば主人公は、忘れられない元カノを作中で「最愛のブス」と呼んでいる。その呼称通り、彼女はけして美人ではない。中肉中背、三白眼でアトピーもある。

でも主人公が何者にもなれず、どうしようもなくもがいていた時期に、「キミは大丈夫だよ、おもしろいもん」と言うのが彼女の決まり文句だった。

これが、「自分にも、全然かっこよくも可愛くもないのに大好きだった人がいたな」と読者の記憶を刺激するのだ。

また本書は、恋愛小説であると同時に、青春小説でもある。いじめられていた子供時代、エクレア工場での単純作業から延々と抜け出せないと思っていた20代前半、なんとか転職した会社で過重労働を強いられていた頃…。

それぞれの時期に出会った人との交流から生まれるせつなさと優しさに魅了され、気が付いたら物語に入り込んでいる。

作中には宇多田ヒカルや小沢健二、ノストラダムスなど、90年代を生きてきた人に刺さる名詞も満載。多くの人が物語のどこかに自分を見つけ、まるでその時その場所にいたような感覚を覚えるはずだ。

主人公と最愛のブスは、リップクリームを買いに行ったデートで、彼女の「今度、CD持ってくるね」という言葉を最後に、二度と会えなくなった。主人公は物語の終盤、なぜそれが最後だったのか確かめようとするのだが――。

恋愛に限らず、「さよなら」を言わないままで二度と会わなくなった人が、確かに過去に何人もいたような気がする。

過去の一時、確かに自分を支えてくれていた大切な人。そんな通り過ぎた人の顔を思い出してせつなくなった。

ずっとこの世界に浸っていたい、と読みながら願うような、大人の胸に刺さる小説だ。

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