『うたかたダイアログ』(稲井カオル/白泉社)

ふいにキレイになった幼馴染を意識しては、ドキドキする毎日を送る。部活に全力で打ち込んで、全国優勝を目指す。突然不思議な力が発現して世界を救うことになる。

――高校生になれば、こんなドラマみたいな毎日が待っているものだと期待した。しかし現実はどうだっただろう。そもそも幼馴染なんていなかったし、部活は長続きしなかったし、不思議な力なんてものももちろん発現しなかった。

覚えているのは、クラスメイトとくだらない話を繰り広げ、意味もなく笑いあっていた日々だけ。けれど、大人になってこう思う。あの無駄だと思える毎日が、かけがえのないものだったんだ、と。

7月20日(木)に第1巻が発売された『うたかたダイアログ』(稲井カオル/白泉社)は、そんな高校生の無駄話とくだらないやり取りをテーマにした、日常系コメディだ。

しかし、これが妙に面白くて、時折「うらやましいな…」という感慨まで抱かせるのである。

舞台はとあるショッピングモールのドラッグストア。そこでバイトをしている女子高生・宇多川と男子高生・片野が主人公だ。ふたりはマンガの主人公然としているわけでもなく、作品によってはモブキャラにされてしまう可能性もあるだろう。

一応、宇多川には無表情でシュールなギャグを口にする、片野には金髪ヤンキーに見られるけど本当は純情、というキャラ付けがなされているが、それにしたって地味だ。

本作は、そんなふたりがただひたすらに無駄口を叩き合うさまを描いている。いくつか抜粋してみると…。

宇多川「片野さんなら若くて健康だし 大抵のケガは焼き肉食べたら治るでしょ」

片野「男子高校生を過信しすぎだろ」

出典『うたかたダイアログ』(稲井カオル/白泉社)

宇多川「片野さん『俺』って10回言ってみて」

片野「俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺」

宇多川「今日のゴミ捨て当番は?」

片野「宇多川」

出典『うたかたダイアログ』(稲井カオル/白泉社)

宇多川「(脚立に乗り作業をしている片野に)頑張れ片野さん 落ちてもちゃんと受け止めるから 国が」

片野「労災じゃねーか」

出典『うたかたダイアログ』(稲井カオル/白泉社)

どれもこれもくだらない会話である。けれど、妙に懐かしい。たいして面白くない友人のギャグにツッコんでみたり、いじり・いじられしてみたり、とことんボケ続けてみたり…。高校生の頃の毎日って、こんな風だった気がするのだ。

ふたりの日々はタイトル通り、泡沫(うたかた)のよう。小さく膨らんでは消えていく、の繰り返し。宇多川に密かに想いを寄せる片野だが、宇多川がそれに気づく様子もないまま毎日は過ぎてゆく。

些細な恋の気配を感じさせながらも、基本はあくまで日常系ラブコメ。ドラマティックな展開にもっていかないところに、作者・稲井さんのこだわりが感じられる。

ちなみに、本作の初版は3万部。第1巻からそれだけ刷るってことは、かなりイチオシの作品ってことか。でも、それも読めば納得。宇多川と片野が繰り広げる毎日には、不思議と中毒性がある。これはまさに、大人が読むべき高校生マンガだろう。

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