『知性の顚覆 日本人がバカになってしまう構造(朝日新書)』(橋本治/朝日新聞出版)

インターネットやSNSの普及で、誰もが発信者になれる時代になった。おかしなこと、理不尽なことに対して個人がNOの声をあげる。言いたいことが言える世の中になった。

しかしながら、弊害もある。『知性の顚覆 日本人がバカになってしまう構造(朝日新書)』(橋本治/朝日新聞出版)は、現代のような状況を「知の顚覆(てんぷく)」した状態と憂う。

本書は、かつての東京は「近代化を成り立たせるために作られた知の中央集権体制のトップ」であったが、学校教育によって、近代的な知は日本中に行き渡り、中央集権の高さが崩れた、と見ている。

知の中央集権から発せられていた支配的な意見が力を失うと同時に、近代教育を受けた人は「自我」を手に入れた。そして今、誰もがインターネットやSNSで好き勝手に発言できる。これは、非常に民主的で明るい出来事のように思える。

しかし、本書は、次のように分析する。人々は知によって自我を確立した結果、自分に正直になった。そして、自己中心的な人々が増えた。言い換えると、日本人が下品化した。

人は下品になると、下品そのものが分からなくなり、「下品」という言葉に反応しなくなる。下品化は次第に進み、人々は大きな声で自己主張をしたり好き勝手なことを言ったりするようになる。

今や意見はてんでんばらばらで、一向に集結しない。はっきりそうだとは言わないが、「意見とは自分の利益を前提として生まれるものだ」と考えているから、てんでんばらばらのまま集結しない。

出典『知性の顚覆 日本人がバカになってしまう構造(朝日新書)』(橋本治/朝日新聞出版)

誰もが好き勝手を言える。それは、人の意見を妨げてはならない雰囲気を作り出す。そんな雰囲気が当たり前になり、皆が“自分が、自分が”になると、やがて「他者に配慮する」という概念が薄まっていく。

ここで本書は考える。誰もいない中で、自己主張をして何の意味があるのか。「他者を説得しうる思考」は今も存在しているのか。

本書は、次のようにまとめている。

「知性」というのは誰か一人のものではありません。「人の総和」であるようなものです。それが崩れているんだったら、みんなで立て直すしかありません。

出典『知性の顚覆 日本人がバカになってしまう構造(朝日新書)』(橋本治/朝日新聞出版)

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