『折々の民俗学』(常光徹/河出書房新社)

民俗学と言えば、多くの人はどんなイメージがあるだろうか。何やら小難しい学問だと思われているかもしれないが、そのネタは実に身近なところに転がっている。たとえば、カラスとスズメは親子である――そんな話があるのをご存じだろうか。

これは、スズメとカラスが同じ枝に留まっていた時、「チチチチ(父父)」と鳴いたスズメに対し、カラスが「コカアコカア(子かあ子かあ)」と鳴き返したからだという。

また、他にもカラスに関する俗信は多く「カラスが鳴くと誰かが死ぬ」「カラスが地震の直後に鳴けば地震が止み、鳴いた後は揺り戻しが起きない」など、特にその鳴き声に関する俗信は多い。

カラスはその黒い見た目から、神性や魔性のイメージと結びつきやすく、それ故多くの俗信が生まれたのだろう。このカラスのように、実に暮らしに身近なところにも民俗学のネタは転がっているのだ。

そんな日常の中に転がる民俗学の種を拾ったのが『折々の民俗学』(常光徹/河出書房新社)である。

取るに足らない細かな言い伝えから、現代の我々が忘れてしまった感覚が読み取れることもある。たとえば、兵庫県のある地域では「ほうきを手渡しで渡してはならない」と言われている。

その地域では、ほうきは必ず一度手から放してどこかに置いて渡さなければならないと言われていたそうだ。うっかり手渡してしまうと、自分の知恵がほうきを介して相手に伝わってしまうのだという。

また、奈良や京都にも似たような話があり、こちらは物差しだ。こちらも「物差しを手渡すと仲が悪くなるから、置いて渡さなければならない」と言われていた。

さらに別の地域では「火のついたロウソクを手渡してはいけない、渡す時は一度火を消すこと」とされていた。もっとも、今となってはこれらを気にする人はあまり居ないらしい。

だが、同じ物を2人以上の人間が掴むことを忌む習慣は意味と形を変えて我々がよく知る部分に受け継がれている。それは箸渡しである。

同じ食材を2人以上が箸で挟み合うのは、現在では衛生的な面から好ましくないと言われるが、その昔はこれも先述の例と同じくひとつの物を2人以上の人間が挟み合うその状態をこそ嫌っていたのだろう。

では、なぜこういった行為が嫌われるのだろうか。これをひとくちに説明するのは難しいが、そこをあえて端的に言うと、これは同じ物に触れることで両者がその物を介してつながり、境界があいまいになってしまうからだ。

つまり、2人以上の人間がひとつの物に同時に触れた時、その物が媒介となって目には見えない互いの力が交感されると考えられていたのである。

先述した「ほうきを通して知恵が伝わる」「仲が悪くなる」といった言説は、まさにこういった考えを表現したものだろう。

ちなみに、現代においても、この感覚は受け継がれているように見える面が存在する。たとえば少女漫画の鉄板ネタで「2人がひとつの物を同時に取ってしまい、それが2人の出会いとなった」というシチュエーションがある。

もしかしたら、こういったシーンが鉄板となるほど多用されるのは「同じ物に触れることでお互いの内面が伝わり合う」といった感覚の残滓があり、また物を介しての人の内面のつながりが現代の我々にもわずかに想起されるからかもしれない。

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