記事提供:Conobie

ツイッタ―で大人気“あおむろひろゆきさん”の書籍「新米おとうちゃんと小さな怪獣」。全6回に分けて、エピソードをご紹介します。最後のお話は「長男が生まれた日」について。

エピソード6「木漏れ日の中で」

我が家の長男へ

あなたが生まれた日の話をします。

家を出る前に、あなたのおとうさんとおかあさんとおねえちゃん、3人での最後の写真を撮りました。

食卓の上にカメラを置いたけど高さが合わなくて、食卓に『うしおととら』を15冊積み上げて、その上にカメラを置いて、セルフタイマーで記念写真を撮りました。

あなたのおねえちゃんが、ふざけて変な顔で写っていたけれど、良い記念写真になりました。

病院に行ってしばらくして、あなたのおとうさんとおねえちゃんは、外で待つ時間になったので、近くの神社に行きました。

境内に古いブランコとすべり台がある神社です。

最初は狛犬を怖がっていたおねえちゃんだったけど、神社に落ちているたくさんのどんぐりや、落ち葉を拾っているうちに、少しずつ楽しい気持ちになってきたみたいです。

そのおねえちゃんが、ブランコに向かって走り出した時に、小さな石につまずいて、コテンと転んでしまいました。

いつもは転んでも、すぐに起き上がってまた走り出すのに、今日は地面に倒れたまま動きません。

おや?と思ったおとうさんは、おねえちゃんの所まで行って、

「大丈夫?」

と声をかけました。

それでもあなたのおねえちゃんは動きません。

心配したおとうさんは、おねえちゃんを抱き上げました。

するとおねえちゃんは、砂だらけになった顔をしわくちゃにして、とても小さな声で一言、

「ママ…」

と呟いて、涙をポロポロ流し始めました。

実は、あなたがおかあさんのおなかに、宿ってからというもの、おとうさんには、おねえちゃんがあなたという弟ができる喜びと、おかあさんをひとり占めできなくなる、寂しさの狭間で、ずっと揺れ続けているように見えました。

いつもは「おかあちゃん」と呼ぶけれど、甘えたい時は「ママ」と呼ぶのが、おねえちゃんのクセです。

ここ最近は「ママ」と呼ぶ回数が、随分と増えました。

そしてギリギリの所で我慢していた気持ちが、神社で転んだ拍子に、溢れ出してきてしまったようです。

「ママ…ママ…」

それは木々の揺れる音に、かき消されそうなほど小さな声でした。

溢れだす水のように、涙が止まりません。

さあ大変だと、焦ったおとうさんは、どんぐりを拾って見せたり、ごりらのモノマネをしたりしてみたけれど、あなたのおねえちゃんは、涙をポロポロ流し続けたまま。

困ったな、どうしよう、ついにはおとうさんまで、泣き出しそうになった、その時です。

ほんの一瞬、冬の冷たい風が吹きました。

その瞬間、大きなイチョウの木から、たくさんの葉が落ちてきました。

それはまるで、黄金色の雨のよう。とても美しい雨でした。

あなたのおとうさんとおねえちゃんは、思わず口をポカンと開けたまま、その雨に打たれました。

この光景がふたりのために、用意されたものだとしたら、それはあまりにもロマンチックすぎる光景でした。

思わず、あなたのおねえちゃんは、泣くことを止めて、

「きいろいあめがふってきた」

とニッコリ。

つられておとうさんも、ニッコリしてしまいました。

それからふたりはブランコに乗って、おとうさんはおねえちゃんに、おねえちゃんが生まれた日から、今日までの話をしました。

おねえちゃんはどこまで話を、理解していたか分からないけれど、何度もウンウンと頷いて話を聞いていました。

おかあさんはあなた一人のものじゃなくなるけど、でもおかあさんはあなたのことも、生まれてくる赤ちゃんのことも、どっちも同じくらい大好きなんだよ。

最後におとうさんがこう言うと、あなたのおねえちゃんは、ウン!と力強く頷きました。

あなたのおねえちゃんが、本当の意味で、おねえちゃんになった瞬間だと思います。

いつの間にか黄金色の雨は止んでいて、ふたりの頭にはイチョウの葉っぱが、たくさん付いていました。

クスクスと笑い合いながら、葉っぱを取り合って、

「いっぱいないたら、おなかすいちゃった」

とおねえちゃんが言うので、近くのおうどん屋さんに行きました。

あなたのおねえちゃんは、おうどんとおむすびと海老天を食べて、おとうさんの分のおうどんまで、食べてしまいました。

そのせいでおとうさんは、おうどんを5本くらいしか、食べることができませんでした。

それでも、あなたのおねえちゃんが、心を落ち着けてあなたが生まれる瞬間を、迎えることができることが、嬉しくてたまりませんでした。

あなたのおとうさんとおねえちゃんは、そんな人です。

その頃、あなたのおかあさんは、一人で病院にいました。

点滴をして、いろいろな数値を測ったりして、手術の瞬間を待っていました。

そんな時でも、あなたのおかあさんは、おとうさんやおねえちゃんの心配をしていました。

その昔、あなたのおとうさんが、絵を描く自信をなくしてしまい、もうやめようと思った時に、おしりを蹴り上げてくれたのは、おかあさんです。

あなたのおかあさんは、ずっとおとうさんの味方でした。

そのおかげで、現在のおとうさんがあります。

あなたのおねえちゃんが生まれてからは、何をする時でも自分のことは後回し。

いつもあなたのおとうさんや、おねえちゃんの心配をして、家族を支えてくれました。

そして手術を目前に控えた時ですら、おとうさんとおねえちゃんの心配をしています。

あなたのおかあさんは、そんな人です。

秋と冬の境目。

冷たい風に踊るイチョウの葉。

カタカタと揺れる自転車のペダル。

病院の待合室に、優しく差し込む木漏れ日。

そんな日に、あなたは生まれました。

病室が全部で9つしかない小さな病院で、あなたは生まれました。

静かな病院に、あなたのか弱い泣き声が響いたのを、おとうさんは聞き逃しませんでした。

ちなみにその時、あなたのおねえちゃんは、イチゴジュースを飲むのに夢中でした。

あなたを初めて見た時、あなたのおねえちゃんは、嬉しくて言葉にならないといった感じで、おとうさんの腕の中で、バタバタと踊っていました。

おとうさんのお気に入りのセーターを、引っ張ったりするので、首元がビロンビロンに伸びました。

おとうさんは落ちそうになるおねえちゃんを、グッと抱きかかえたまま、あなたの顔を覗き込みました。

あなたはとてもかわいい寝顔をしていました。

あなたのおねえちゃんが生まれたのは、もう3年前のことです。

おとうさんはすっかり赤ちゃんとの触れあい方を、忘れてしまっていました。

恐る恐る、あなたの手に指を絡めてみました。

あなたは力強く、おとうさんの指を握りました。

おとうさんは思わず、

「アーッ」

と叫びました。

しばらくして、おかあさんが、手術室から運ばれてきました。

最後は病院の先生たちとおとうさんで、おかあさんの身体を担いでベッドに運びました。

神妙な雰囲気だったけど、おかあさんが、

「重くてすんまへんなあ」

と言った瞬間、みんな思わず笑ってしまいました。

病室の空気が一瞬にして、明るくなりました。

いつだって太陽のような存在のおかあさんと、ちょっと頼りないおとうさんと、泣き虫で優しいおねえちゃん。

それがあなたの家族です。

あなたは、こんな日に生まれました。

おとうさんも、おかあさんも、おねえちゃんも、ずっとずっとこの日を待っていました。

多くの人にとっては何でもない、私たちにとっては特別に大切な日。

それは空気の穏やかな、とても天気の良い日でした。

それぞれの家族にきっとある、特別に大切な日。

結婚した日。お子さんが生まれた日。

初めてお子さんが笑いかけてくれた日。ママ・パパと呼んでくれた日。

…あなたにとっての特別に大切な日はいつですか?

このお話が収録されている、「新米おとうちゃんと小さな怪獣」はこちらから購入できます。

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