記事提供:Conobie

ツイッタ―で大人気“あおむろひろゆきさん”の書籍「新米おとうちゃんと小さな怪獣」。全6回に分けて、エピソードをご紹介します。5つ目のお話は「子どもと過ごす日々」について。

エピソード5「いつか終わってしまうこの日々について」

妻が妊娠しまして、つわりでなかなか動けないこともあり、

子どもと二人きりで過ごす時間が増えてきました。

慣れないことばかりで、毎日てんやわんやしています。

ケチャップライスを作れば真っ黒になってしまうし、

掃除をしてもきれいにしたところから、おもちゃで荒らされていきます。

買い物帰りに両手に荷物を抱えたまま、

子どもが蛙を観察しているのを見守ることもありました。

延々と続く石拾いも、子どもが納得するまでやらせないと、

泣いてしまうので、ひたすら待つしかありません。

そんな毎日を過ごすうちに、気持ちの余裕もなくなり、

感情的に子どもを叱る場面も増えてしまいました。

ある週末、とても天気が良かったので、大急ぎでお弁当を作って、

公園でレジャーシートを広げて、二人でごはんを食べました。

気が付くとまわりでも、たくさんの家族がごはんを食べていて、

それぞれが色とりどりの美味しそうなお弁当を広げて、楽しそうにしています。

それに比べると随分とみすぼらしいお弁当を食べる我が子に対して、

なんとも申し訳ない気持ちになりました。

その日の夜、寝かしつけの時にあれこれ振り返って反省し、

考えごとをしながら天井を見つめていると、

子どもが突然「おとうちゃん」と話しかけてきます。

「ん~?」と返事すると、ニコニコしながら、

「おとうちゃん、きょうたのしかったね」

と言われて、ハッとさせられました。

「こうえん、たのしかったね」

「ボールあそび、たのしかったね」

「おみずでばしゃばしゃしたの、たのしかったね」

「いっしょにアイスたべにいったの、たのしかったね」

「おかいもの、たのしかったね」

ひとつひとつの出来事を思い返しながら、言葉を紡いでゆく姿を見て、

大人げなくもワーッと泣いてしまいました。

まる一日一緒にいたはずなのに、全然気づけていなかった。

自分の余裕のなさから、

子どもが楽しんでいる姿を、たくさん見落としてしまっていました。

これじゃあ、おとうちゃん失格です。

せわしなく過ぎていく日々。

何が正解なのか分からない中で、私たちは様々な選択を迫られます。

そしてその選択に自信のない私はいつも、自分を責めてしまう。

そこに光を当ててくれるのは、いつだって子どもです。

子どもにとって何が幸せなのかは、

私たちが決めることじゃなくて、子ども自身が決めること。

あれこれ思い悩む前に、まずは子どもがどんな表情をしているか、

しっかりと見守るべきでした。

子どものそばで生活できる時期は、いつか必ず終わってしまいます。

それがあと何年なのかは分からないけれど、

おとうちゃんは子どもがひとり立ちするその日まで、

その幸せにしっかりと寄り添っていこうと思いました。

***

嬉しい。悲しい。楽しい。幸せ。

大人も子どもも、自分の気持ちは自分自身が一番よく分かっているのかもしれない。

皆さんの目の前にいるお子さんは今、どんな表情をしていますか?

権利侵害申告はこちら