記事提供:messy

今春、電車内で痴漢を疑われた男性がその後線路に逃走する事案が頻発したことを受けて、痴漢冤罪の恐怖をうたう報道も増加した。

messyではこれに関連して、『逃走=冤罪』と安直に結び付けてしまうことの不可解や、逃走したうちの一人が公判で実際には痴漢を認めたことを報じたが、いまだに『逃走=冤罪』論は根強い。

そんな中「週刊現代」(講談社)が、ある逃走者に関する記事を掲載した。webにも転載され、拡散されている。

「JR上野駅「痴漢転落死」は超一流ホテルの支配人だった」

今年5月12日未明に京浜東北線内で「女性の手を握る」行為をしたとして駅員に事情を聞かれた40代男性についての記事である。男性は駅員室から逃走し、近くの雑居ビルの屋上から転落死した。

記事によればこの男性は『ミシュランガイド東京』にも名前が載っている「超一流ホテルの支配人であり、インバウンド部門のリーダー」だったという。

また、被害を訴えた女性は「神奈川県警に勤務する30代半ばの女性警察官」であり、当日の目撃者によれば逃げた男性を追うために「駅員と女性が男性を追いかけて繁華街に入っていき」、間をおかず「警察官も走っていきました。パラパラとでしたが、総勢10人以上はいた」と、多数の警察官らが男性を追っていたのだという。

記事中には「今でも思いますが、痴漢を疑われても、逃げなければよかった。でも追いつめられたのでしょうね。家族にも、会社にも迷惑をかけたくない。だから、逃げてしまった。その結果こういうことになってしまったのでしょう」という男性の父親を名乗る人物のコメントもあり、記事全体として“痴漢をしたのではなく疑われたので逃げた”というニュアンスが強い内容となっている。

当然ながらこれを受けてまたもやネット上では『逃走=冤罪』論からの意見が上がっている。

「疑われるだけで人生台無しにされることも考えてほしい」、「痴漢に間違われたら女を殺すしかないだろう」、「被害者と言い張る輩からの主張だけで逮捕してしまう」、「誰が30過ぎのBBAの手なんか好き好んで触るんだよ…」、「手と手が触れただけで痴漢扱いされたら、たまったものじゃない」などである。

また「状況からして冤罪臭がプンプン」という意見もあった。

だが記事には、男性がホテル支配人という責任ある立場の人間だったこと、被害者が神奈川県警の警察官だったこと、逃走直後に10人前後の警察官が後を追ったということは記されているが、実際に男性が本当にやっていないのかは書かれていない。

仮名であるため前科の有無も不明だ。

周辺の人物による「男性が良い人だった」というコメントはあるが、痴漢行為の有無については言及がなく、家族や会社に迷惑をかけたくなかったから逃げて「こういうことになってしまったのでしょう」という推測のコメントのみであるため「やっていないのに逃げた」ことを証明してもいない。

よって、この記事をもって『痴漢冤罪怖い』と怯えるのは早計すぎる。

朝日新聞と週刊現代記事の比較

当日に何があったのか。男性の死亡を報じた新聞各紙の記事にはこうある。

朝日新聞

『同日午前0時15分ごろ、京浜東北線の上り電車内で、30代の女性が近くにいたこの男性に手を握られた。女性は別の車両に移動したが、再び近づいてきたため、「なぜ触ったのか」ととがめ、一緒に上野駅で降車した』

日本経済新聞

京浜東北線の車両に乗っていた30代の女性が「寝ている時に右手を触られた」として、上野駅で男性を駅員に引き渡した。男性は「触ってない」と主張し、駅事務所から逃げ出したという。

産経新聞

同署によると、通報した30代の女性は「座席で寝ていたところ、隣に座っていた男性に右手を触られた」と訴えているという。女性は「なんで手を握ったんですか」と男性に声をかけて上野駅で一緒に下車。

近くにいた別の乗客が男性を取り押さえ、駅事務室で駅員が話を聞こうとしたところ、男性が逃走した。

一部スポーツ新聞もこの事件について伝えている。

スポーツ報知

上野署などによると、男性と30代の女性がトラブルになったのは、12日午前0時15分ごろ、京浜東北線の西日暮里―日暮里間を走行中の上り電車内。

隣に座っていた男性に右手を握られたという女性は「なぜ手を触ったのか」と被害を訴えて、一緒に上野駅で降車した。女性が別の車両に移動しても、男性が付いてきたとの情報もある。2人に面識はなかったという。

サンケイスポーツ

上野署によると、男性は、電車内で隣に座っていた30代女性に「手を握られた」と痴漢被害を訴えられた。上野駅で女性と電車を降り事務室に連れて行かれたが、周囲が目を離した隙に逃げた。

一部の新聞記事には「30代女性が男性に手を握られた」ことと「車両を移動したが再び近づいてきた」ことが報じられている。

車内の混雑状況が気になり、女性と男性が降車したのは上野駅だが、金曜深夜の上野駅よりも下り方面にある上り電車内の混雑状況についてNAVITIMEとJR東日本に取材の申し入れを行ったところ「ユーザーさんの投稿により成り立っているサービスという特性上、特に記録も残していない」(NAVITIME)、「具体的にお出しできるものがない」(JR東日本東京本社広報)という回答だった。

だが同区間を利用している人物によれば「逆はかなり混んでいますが、上りのその区間はその時間帯なら空いている」という。

つまりさほど混んでいない電車内で隣に座っていた男性が女性の手を握り、女性が車両を変えたところ、再びついてきた、という報道が事実ならば、いわゆる「冤罪」イメージ(混雑した車内で不可抗力的に身体が触れた)とは異なる状況なのではないか。

一方、週刊現代の記事にはこれらのことは記されていない。

また一部新聞や週刊現代には「女性は寝ていた」ともあり、こうなってくると、女性が「手を握られた」と判断したことが「勘違い」だったのか「本当に握られたのか」も証明しづらい。

ちなみに週刊現代では「男性が女性の手を握った」こと自体が否定されている。女性の勘違いにより無実の男性が突如、犯罪者扱いされたのか、それとも男性が女性の手を握る行為自体はあったのか、まさに藪の中である。

女性が寝ていたのか、目を閉じていたけど起きていたのか、そもそも寝ていなかったのかも報道によって異なるので実際のところはわからない。ただ男性も女性も座席に座っていたことはどの報道でも共通している。

結局、これらの報道から我々は「男性による、女性の手を握る行為」の存否を確認できないので、何も言えない。痴漢があったのか、冤罪なのか、判断材料に乏しいということだ。

にもかかわらずネット上には、週刊現代の記事を受けて「やっぱり冤罪だったに違いない」と確信する声が多数出現しているから驚く。これによって「逃走=冤罪」の方程式がいっそう強化され、痴漢冤罪に「恐怖」を感じる者が多数いるようだ。

「確実なことが何も分からない報道」で“冤罪を生み出す女性”の存在を作り出しそれを強く非難することも、痴漢がなかったので逃げて死んだのだと決めつけ“痴漢冤罪が怖い”と騒ぐことも、無意味である。

さらに言えば週刊現代の記事には疑問がいくつかある。ひとつは「超一流ホテルの支配人」クラスの男性が、24時前後に何のために電車に乗っていたのかということ。

また超一流ホテルの支配人クラスで、ある程度の知識と教養があるのであれば、そしてまた男性の父親が「偶然(手が)触れてしまうこともあるのでは」と言っているが、腕を動かした際にたまたま触れてしまったというだけならば大事には至らない、もしくは社の弁護士を立てて話し合いができる話だったのではないかということだ。

当日になにがあったのか、引き続き取材を続けていく。

痴漢しない・できない環境を

手を掴む行為が痴漢かどうかはさておき、迷惑防止条例に抵触する電車内での行為についてしばしば「触った・触ってない」の不毛な議論に終始してしまうのは、何と言っても、客観的証拠の少なさである。

電車内での痴漢がこれだけ日本国民を冤罪の恐怖に陥れているにもかかわらず、何ら対策が進んでいない。『冤罪被害者』を生まないためには、女性専用車両だけでなく男性専用車両も作るべきであろう。

JR東日本は2010年に埼京線の一部に防犯カメラを設置した。また山手線の全車両については、東京オリンピック開催の2020年までの防犯カメラ設置を目指すと発表がなされたが、都内の混雑が激しい他の路線についても検討する必要があるのではないか。

何よりも本当に日々、実在の痴漢被害に悩む女性たちをこのような不毛なカウンタートークでうんざりさせないでほしい。多くの男性が痴漢冤罪を恐れているのと同様、多くの女性は痴漢を恐れている。

防犯カメラや男女別車両など、電車内において痴漢が痴漢行為を行える機会を減らしていくことこそが、こうした不毛な議論を終わらせるための唯一の方法だ。

本質的に、痴漢被害を撲滅するということは、痴漢を社会的に成敗しやすくするわけではなく、痴漢加害が起こらない状況を望むということなのだから。

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