記事提供:messy

今年に入ってから、首都圏で、痴漢を疑われた男性が線路に降りて逃走する事案が頻発している。メディアもこれに注目しており、ワイドショーで特集が組まれることも珍しくなくなった。

改めて、ここ最近の線路飛び降り逃走事案を列挙してみよう。

上記のように頻発する『痴漢を疑われて線路に飛び降り逃走』事案だが、“痴漢冤罪”に巻き込まれることを恐れる一部の男性たちには、これもやむを得ないと受け止められているようだ。

線路への飛び降りは罪になる

2ちゃんねるやTwitterなどネット上には「女の言いなりで証拠もないのに認めないとか半年も1年も拘留される」「痴漢やってなくても、捕まったら終わりだからな」「痴漢冤罪はこんなに問題になってるんだからいい加減国がなんとかするべき」「実際に本人がやってないのに女性様から冤罪に問われそうになったら、そら逃げるわ ほぼ100%冤罪になって人生オワタになるのが分かってるわけで」「やっていない場合、事実上逃げるしかない」といった意見が並ぶ。

これらの線路飛び降り事案の逃走者らの犯行の有無が不明であるのにもかかわらず、冤罪被害者にならないためには逃げるしかない、という論調が強いためか、勘違い事案も発生した。

居眠りをして隣に座る女性に飲み物をかけてしまったことを咎められた際、痴漢と疑われたと誤解した男性が線路に飛び降りて逃走し、清掃員に取り押さえられ鉄道営業法違反で現行犯逮捕された

冤罪は痴漢に限って発生するものではないのだが、とくに痴漢冤罪だけがここまで有名になったのは、2007年に公開された周防正行監督の映画『それでもボクはやってない』の影響が大きい。

痴漢と疑われた男性が、濡れ衣を晴らそうと示談を拒むと、勾留され、さらには起訴されてしまう…という内容だ。

この映画は、ごく普通の生活を営んでいる男性がある日突然、刑事被告人となり、いわれのない罪に問われることがある、という痴漢冤罪の恐ろしさを周知させた。今では痴漢冤罪を防ぐために、両手でつり革を掴むなどの策をとっている男性も少なくない。

だが、頻発する『線路飛び降り』は、痴漢の疑いをかけられたら線路に飛び降りて逃げるが吉、という誤った思い込みからきているのではないか。

こちらの記事によれば16年3月20日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、北村晴男弁護士が『痴漢に間違えられそうになったら逃げるよう』にというアドバイスをした。それが現在に至るまで広く拡散されてきた結果なのかもしれない。

しかし逃げる、とはいっても、実際のところ、ホームで言い争いになって通常ルートで逃走したら、おそらく改札を出るまでに取り押さえられるだろう。確実に逃げるため、線路に飛び降りるという男性が現れても不思議ではない。

北村弁護士が発した「逃げるよう」発言は実に罪深いものであった。

線路飛び降りは、先の勘違い事案でも記した通り、鉄道営業法違反であり、またこの勘違い男性はのちに、普通電車を停止させるなど駅の業務を妨げたとして、威力業務妨害罪でも再逮捕されている。

電車を遅延させたことに対して鉄道会社への損害賠償責任が生じる。安全な“冤罪対策”とは言えない。

冤罪かどうかはわからない

そもそも、今回の頻発する線路飛び降り事案から、飛び降りた男性が無罪であるがゆえに(冤罪防止のために)飛び降りて逃げたのだというひとつの仮定がさも真実であるかのように広まり、冤罪は恐ろしいという論調が盛んになっているが、それはあくまでも仮定だ。

なぜ飛び降りたのか、様々な理由が考えられる。

a:男性が本当に痴漢をしていたので、捕まりたくないと逃げた(痴漢は存在する)
b:女性が人違いをして、間違えられた男性が逃げた(痴漢は存在する)
c:女性が故意に、痴漢であるとでっち上げたため、男性が逃げた(痴漢は存在しない)

議論ではなぜかaのケースが想定から抜け落ちていることが多くはないだろうか。そのうえ、痴漢という犯罪が実際に発生していた可能性があるにもかかわらず、飛び降りて逃走した男性が“被害者”かのような見方が広まっている。

今回、なぜか多くのメディアがbとcのケースだけを想定し、男性が冤罪の被害者になったらどうしたらよいのか、そればかり報じている。

冒頭に列挙した事案の男性たちが線路に飛び降りた本当の理由がわからないのに、頻発する飛び降り事案に絡めて痴漢冤罪の話題を取り上げるようなことをすれば、これらの男性たちが痴漢冤罪の被害者なのだ、という誤解が生まれかねない。

本当は真偽不明であるのに冤罪だと断定した記事は思い込みに基づいており危険である。また痴漢は男性から女性に、の場合もあれば逆もあり、同性同士の場合も起こりうる。

にもかかわらずいつのまにか“勘違い、または悪意を持った女性が痴漢冤罪を生み出し、善良な男性の人生を狂わす”構図がさも痴漢という事件の問題点であるかのように語られていることは不可解だ。

逮捕されても人生は終了しない?

線路飛び降りもやむなしという意見の者のなかには、痴漢で逮捕されれば人生が終わると考えている者もいるかもしれないが、少なくとも東京地裁では、痴漢による勾留請求を原則認めない運用が定着していると、2015年の毎日新聞にある。

つまり長期勾留により失職、金がなくなって一家離散、社会的信用を失いお先真っ暗…という事態は避けられるようになりつつあるのである。

単純に痴漢という犯罪を見た場合、一つの大きな問題がある。他の性犯罪と同様に再犯率が高いということだ。

法務省HPに公開されている「性犯罪に関する総合的研究」(2016)には各性犯罪の認知件数の推移などが記されているが、第5章「まとめ」には「性犯罪を含む事件で懲役刑の有罪判決を受け、平成20年7月1日から21年6月30日までの間に裁判が確定した者を対象として特別調査を行い、多様な性犯罪者の実態を明らかにするとともに、裁判確定から5年が経過した時点における再犯の有無及び再犯の内容等を見ることによって、再犯に関連する要因等の検討を行った」結果が記されている。

痴漢型について、本調査にはこうある。

「性犯罪前科のある者は85.0%で、そのほとんどは条例違反であるが、強制わいせつの前科を有する者も一定数いる。保護処分歴のある者の割合は1割弱である。

調査対象事件で初めて実刑に処せられた痴漢型の者56人について、条例違反による前科の内容を詳細に見ると、43人に罰金前科があり、30人に単純執行猶予前科があり、7人に保護観察付執行猶予前科がある(重複計上による)。

また、罰金の回数では、複数回の者は7割強を占めていた。再犯率は44.7%と、他の類型と比べて最も高く、再犯者の7割が条例違反による再犯である。

性犯罪再犯(刑法犯)ありの者も一定数存在し、その8割強が強制わいせつである(中略)痴漢型には、複数回の刑事処分を受けているにもかかわらず、痴漢行為を繰り返している者が多いが、強制わいせつの前科のある者や強制わいせつの再犯に及ぶ者も一定数含まれている」

第三節にはさらに「痴漢型は、他の類型と比べて、再犯率が高く、短期間のうちに再犯に及ぶ傾向にある。

さらに、再犯率を詳しく見ると、出所受刑者で最も高く、次いで保護観察付執行猶予者、単純執行猶予者の順であり、懲役刑の受刑に至るまでに犯罪傾向が進んでいる者が少なくないことが明らかになった。

これらの状況から、痴漢事犯者の再犯防止のためには、痴漢行為が常習化する前のより早い段階において、痴漢行為に及ぶ問題性に働き掛けることが重要である」と、性犯罪者の中でも再犯率が高いことが明記されている。

傍聴ジャーナリストの今井亮一氏は、数十年の裁判傍聴の経験を踏まえ、今回の飛び降り事案についてこう語る。

「こう線路逃走が報道されると、『その手があるか』とマネる人が出てくるかもしれません。高額賠償のおそれが…と言われても、実際に賠償請求されたとか、逃走したことにより重い刑を受けたとか、そういう報道はないわけですから。

なお、覚せい剤、アルコール、と同様、痴漢、盗撮、万引きの依存症もあり、ときどき刑事裁判の法廷へ出てきます。

『治療により依存症は治る。刑務所では治らない、かえって悪化する』旨を述べる医師もいます。犯罪につながる依存症を治療するための施策が、真剣に検討されるべきと思います」

ちなみに痴漢は、その内容により問われる罪が異なり、衣服や下着の上から触れば都道府県の迷惑防止条例違反、パンツの中に手を入れるなどすれば強制わいせつ罪、陰茎を見せれば公然わいせつ罪、精子を衣服などにかければ器物損壊罪である。

しばしば痴漢についてSNSで議論されるとき、痴漢根絶を訴え自身も被害経験を持つ側(被害者側)は、上記「迷惑防止条例違反」の枠にとどまらない強制わいせつ罪、公然わいせつ罪、器物損壊罪などについても想定したうえで「痴漢は決してやってはいけない犯罪だ」と主張しているのに、冤罪を恐れる側は「迷惑防止条例違反」しか想定していないのではないか、それゆえに話が噛み合わないのではないかと思わされることがある。

痴漢冤罪は、無実の市民が突如巻き込まれる悲劇だ。だが、そもそも痴漢行為が「無実の市民」を突如地獄に落とす卑劣な犯罪である。

痴漢の罪を犯した人に対する再犯防止に向けた取り組みを検討することも、新たな痴漢の被害者を出さないために、また人違いで無関係の人間が逮捕されることを防ぐためにも、必要なのではないだろうか。

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