『“天才”を売る 心と市場をつかまえるマンガ編集者』(堀田純司/KADOKAWA)

マンガ家にとってマンガ編集者とは、おそらく誰よりも身近な存在であろう。

例えば『週刊少年ジャンプ』で連載された『Dr.スランプ』に登場する悪役「Dr.マシリト」は、作者・鳥山明氏の担当編集だった鳥嶋和彦氏がモデルであったように、まさしく作品自体に影響を与えていた。

もっとも、当時は「ボツ!」を告げる印象が強く、それが編集の仕事のように思えたものだ。

しかし、この『“天才”を売る 心と市場をつかまえるマンガ編集者』(堀田純司/KADOKAWA)を読めば、編集者が如何に作品づくりを支えているのかが理解できる。

本書の著者・堀田純司氏は作家でありながらベテラン編集者でもあり、ネット上で話題となった『生協の白石さん』を企画編集した人物。そんな氏が自ら現役のマンガ編集者8人にインタビューを行ない、彼らの生の声を引き出している。

中でも特に注目したいのは『週刊少年ジャンプ』で『火ノ丸相撲』を担当する編集者・小池均氏と、そのライバル誌である『週刊少年マガジン』で『リアルアカウント』を担当している乙黒和彦氏の2人だ。

才能はあるものの体格に恵まれない主人公が、稽古を積み重ね高校の弱小相撲部を立て直していくという「スポ根もの」の王道『火ノ丸相撲』と、SNSの世界で繰り広げられる自身とフォロワーの命を懸けた頭脳バトルが描かれる『リアルアカウント』。

互いに味わいがまるで違う作風だが、両編集者ともに共通する点がある。

例えば、マンガ家が「マイナージャンルのスポーツ」のような一見、少年に人気がなさそうな分野で「是非、これを描きたい」と提案してきたとする。

当然、そのままでは地味すぎて少年誌の読者に受けないのは明らかだ。しかし、両氏とも単純な全否定はしない。

この場合、小池氏なら必ず「マイナーだから無理」とは言わずに「難しいところがある。だから、そのハードルを越えるためには、何が必要かを考えてください」と伝える。

また乙黒氏なら「できたマンガが面白かったらいいかな」と考えており、「もう、ネームを見せてもらって、面白かったら面白い、というしかないです」とのこと。

勿論、マンガ家と編集者だけで面白がっていても、読者が面白がってくれなければ、元も子もない。

乙黒氏は編集者を「越えるべきハードルを作家さんに立てる係」だという。まずは掲載誌によっても異なる読者層の心をつかまなければ、そこで連載する意味がない。

特に『週刊少年マガジン』が少年誌で1位を取ることを目指す以上、乙黒氏は「わかりやすいことが大事ですし、見てもらってすぐに面白さが伝わらないといけない」と明言。

ハードルを越える指針として、編集部が集めたマーケティング予測があり、読者アンケートもその一環だ。当然の如く売れるにはマーケティングが必須なのだが、しかし小池氏はそれだけでは作品を送り出せないともいう。

マンガ家が意欲を持たず、ただ読者へ媚びるように描いても、凡作にしかならないからだ。マーケティング予測とは、読者の需要とマンガ家の創作意欲を結びつけるための、あくまで下準備なのである。

そして、編集者の与える数々のハードルを越えて作品が読者の心をつかんだ時、今までとは違う新たなヒット作が誕生するのだ。

著者いわく、マンガ家が「天才」なら、編集者は──「裏方の美学」に心からの敬意を込めつつ──「ふつうの人々」という。「ふつう」といいながら、もちろんそれは「平凡」を意味するものではない。

そもそも、読者とマンガ家を繋ぐプロフェッショナルが編集者なのだ。各社編集部のスタイルや編集者個人の流儀に違いがあっても、常にマンガへの敬意と情熱を持ち、マンガ家を支えているのは皆同じ。

今後は電子書籍の増加など出版形態が変化し、編集者の仕事内容も変わっていくのかもしれないが、彼らの信念が揺らぐことはないはずである。

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