記事提供:日刊SPA!

居酒屋チェーンが軒並み苦戦するなか、「全品280円均一」などの独自戦略で全国に529店舗を展開。昨年には店舗数でワタミを上回るなど、まさに“独り勝ち”状態を続ける鳥貴族。その強さの秘訣はいったいどこにあるのか。

「外食冬の時代」にキラ星の如く輝き続ける創業者・大倉忠司社長を直撃した!

――焼鳥屋という業態にたどり着くまでに紆余曲折あったそうですね。

大倉:飲食の道に進むきっかけとなったのは、高校時代のビアガーデンのアルバイトですね。その後は調理学校に通ったのですが、その頃は洋食に進みたいと考えていたんです。

当時、『料理天国』というテレビ番組に出ていた小川先生という方がコックのスターみたいな存在で、その小川先生に憧れてたんですよ。

――実際にコックになられた?

大倉:コック志望でホテルの中にあるイタリアンのお店に就職したんですが、当時、大手ホテルで2年間ほどウェイターをしていたんです。

ホールの仕事をやっているうちにそちらのほうが面白くなってきて、2年たってからもホールに残ったのですが、その頃、近所にある焼鳥チェーンのお店ができて。

よく仕事帰りにそのお店に立ち寄っていたら店長と仲よくなって、ちょくちょくお店を手伝うようになりました。その店長が独立するとき「ウチに来ないか」と誘われたんです。

最初はお断りしていたんですが、店長の人柄や熱意にほだされて、その話をお受けすることにしました。

――そこでノウハウを学んだと。

大倉:物件の見つけ方や立ち上げ方などを一から勉強させていただきましたね。

ただ、その時は焼鳥屋をやりたいというより「この人についていけば自分も大きなことができるんじゃないか」という気持ちのほうが大きかった。

実際、その社長に一生ついていくと思っていましたが、数店舗を手がけていくうち、どんどん「自分一人で挑戦してみたい」という考えが強くなっていったんです。

――では「均一価格」は、当時の経験から出てきた発想なんですか?

大倉:それは、若い頃に通っていた炉端焼きのお店があって、実はそこが「230円均一」だったんです。安いし面白いし、一人の客としてそのお店のファンになって、その影響でアイデアとしては当時から考えていました。

とはいえ、均一価格では原価率が読めないので、最初は怖くてなかなか踏み出せませんでしたね。

それでも、当時ダイエーの中内㓛(いさお)氏の本などを読み漁り「価格破壊とか、消費者に価格決定権を」という中内氏の考えに衝撃を受けていたので、低価格にはしていましたが。

※このインタビューは5/16発売の週刊SPA!のインタビュー連載『エッジな人々』から一部抜粋したものです。

【大倉忠司】

'60年、大阪府出身。高校卒業後に調理師専門学校に入学。卒業後は大手ホテル勤務を経て、居酒屋経営に乗り出す。'85年に鳥貴族第1号店をオープン。'05年には東京に進出。'14年にはジャスダック上場。東証2部を経て昨年4月には1部に指定。

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