「恋しない若者」を分析した現代ビジネスのコラム

長谷川豊です。現代ビジネスのコラムがとても興味深かったので、シェアしたいと思います。

一般的な『男性の草食化が進んでいる』という内容ではあるのですが、文豪・夏目漱石のデビュー作『吾輩は猫である』にある『現在を見越したかのような一つの予言がある』という記述から始まるこの記事がとても面白かったです。

夏目漱石はあんなに昔の作品の中で、将来『結婚はなくなる』と予言していたんですね。もちろん『吾輩は猫である』は読んでいますが、そんな記述があることをすっかり忘れていました。皆さん、知ってました?

この記事の面白いところは、男性の草食化の根っこの部分に焦点を当てているところで、これは私もとても同感できる部分です。

私は日本の「少子化」の根本原因は日本の「教育」にあると見ていて、一言で言ってしまうと、『他人よりも何よりもまず自分が大好きで可愛い』が進みすぎていることが問題だと感じています。

文中にもありますが、

「草食」「絶食」が「恋に興味関心が向かない」ということを意味しているのなら、それは漱石が「恋愛しなくなる」と言ったのとは少しニュアンスが異なる。

漱石の言わんとしたのは、恋に全く興味が持たれなくなる時代が来る、ということではなかった。異性に興味がないわけではないが、相手よりも自分の方を重視する傾向が強まれば、恋愛というものが不可能になる、と言ったのだ。

自分の個性ばかりを大事にしすぎると、それを相手に伝えようとしても、互いにわかりあえなくなる。「人と違う自分」を突き詰めれば、当然行き着く先は他人の理解を全く越えた存在になる。

出典 http://gendai.ismedia.jp

まさに記者の方のご指摘通りで、「まずは自分」という価値観が先に進みすぎると、恋愛も結婚も友人関係も、突き詰めれば不可能になるはずなんです。だって他人なんだし。

全ての人が「まず自分」になっちゃうと一人で部屋にいる方が良いに決まっています。もしくはビジネスライクでバイトだけしていればいいことになる。これがどんどん進んでいるのが今の日本なんです。

「お国のために」の基本精神を否定した戦後の日本

きっかけは、戦争に負けたことなんだと思うんですね。

敗戦って、我々にはよく分からないけれど、本当にショックだったんだろうなぁ…と。その原因をとにかく否定したかったんじゃないかな。

現実的には単に暴力で負けただけで、向こうの方が暴力に慣れてたし力が強かったってだけの話で、本当はあんなにデカい国相手に良く戦った方ってのが冷静な判断だと私は見ています。ただ、戦後の日本はあの戦争にまつわるすべてを否定して、何とか自分たちの存在を保ったんじゃないでしょうか。

その基本こそが「お国のために」という思想だった。

戦前は日本は徹底的にその価値観と思想が植え付けられていました。占領支配したGHQももちろんその思想の否定を徹底的に行った。だって、「お国のために!」の思想が行きつく先が特攻隊だったわけだから。特攻隊はものすごかったらしいですね。飛行機一機で戦艦を沈めちゃうんだから。GHQが一番ツブすべき思想だったのでしょう。

でも、戦後しばらくはその「思想」や「価値観」は根付いていたんでしょう。「お国のために」ってのは、結局のところ「自分たちの命を人様のために使おうね」って価値観であって、それを戦争に使っちゃったからあんなことになったわけです。

ただ、そもそも「誰かのために行動しようね」って価値観自体はとても尊いもので、本当は全然否定されるような話じゃないんです。

なので、男性は死ぬ気で家庭のために働いた。女性は死ぬ気で子供を産んで育てた。自分たちは貧乏でいいから、子供たちに少しでも楽でいい暮らしをさせるために。

そうして日本は歴史上ありえないほどの「高度経済成長時代」に入り、1991年にはニューヨークタイムズで「あと8年ほどで日本はアメリカを抜くぞ」という記事が出るほどになったわけで。

戦前の日本にも素敵なところはたくさんあったと思う

でもGHQが施した「教育戦略」はじわじわと日本を蝕(むしば)み始めちゃいました。どんどん「個人主義」ってのが進んできて「まずは個人」「まずは自分」って価値観が当たり前のようになってきてしまいました。

私はこの教育こそが日本の大きな問題だと感じています。

「お国のために死になさい」

までいくと行きすぎなことは分かりますが、そもそも人間って人のために動いたり、自分の力で誰かが喜んだりしたら嬉しいもんです。人が喜ぶと思えば、自分の力以上の力って出るものです。

いや、むしろ人間の最高の喜びって「自分によって誰かが喜んでいること」なんじゃないでしょうか?

この記事中にあるんですが、

自分を大事にしすぎるあまり、はじめの一歩が踏み出せないだけだ。自分のことばかり見てきたせいで、他人を観察する能力が欠けているし、万一こちらから告白して失敗したときに、かけがえのない「自分」がズタボロにされてしまう。

かくして、向うから自分を攫いに来てくれる白馬のお姫様をじっと待つ男子が急増する。彼を囚われの身とする高い塔とは「自分」自身である。自分のプライドを守ろうとすれば、塔は高くなり、城壁は厚くなる。外部世界からはどんどん隔絶される。

こういうかたちでの恋愛の衰亡は、対異性(人によっては対同性)の問題にとどまらず、対人関係全てに及ぶ疎隔を意味する。誰もが自分を、自分の個性を認めてくれる人を待っている。このこと自体は男子も女子も変わらない。

出典 http://gendai.ismedia.jp

確かに、「人のために」って発想が基本にあると、傷ついてもズタボロになってもいいって発想はどこかに存在しちゃうんですよね。

でも、今は「何よりも自分が大事」ですから、告白して失敗する可能性に賭けられない。自分さまの名誉が傷つくなんて、そんなこと出来ない。かくして、恋愛は当然できないし、仕事も上司に評価されない。だって会社のために粉骨砕身なんて、ブラックだし自分さまが精神的に参るかもしれないから。

記事中にあるように「とにかく自分そのものを受け入れてくれるお姫様を待つ」男子が急増。仕事も同じで「自分のままを受け入れてくれないなら転職」。自分を表現して認めてもらうなんて、傷つく可能性のあることはリスクですからやらない。

日本は、戦争を引きずりすぎなんですよね。

アメリカの暴力と無差別破壊に負けたかもしれないけれど、よく頑張って戦ったと思うんだけどな…。

こちらから戦争なんてしないって決めれば、あとは昔の日本にあった素敵な部分は残してもいいように思ってるんですけれど、サヨク思考の方々にはどうしてもそれは受け入れられないようですしね。

これは難しい問題です。皆さん、どうお感じになりました?

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モノ申すフリーアナウンサーとして、テレビ・雑誌・講演と幅広い分野で活躍中。特に多くの取材経験からニュースを多角的な視点で見る文章に定評がある。現在は執筆や講演会など多方面で活躍中。

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