「弘法筆を選ばず」という言葉がありますよね。名人や達人レベルの人はどんな道具であろうとも素晴らしい作品を残すことができるという意味で、「道具のせいにするな」という戒めの言葉でもあります。

しかし…、果たして誰にでも当てはまるのでしょうか。今回の無料メルマガ『1日1粒!「幸せのタネ」』で、著者の須田將昭さんが考察しています。

「弘法筆を選ばず」は本当か?

弘法大師はいろんな分野で類い稀な才能を発揮した、とされていますが、その一つがです。平安時代の初期のことですが、嵯峨天皇、橘逸勢と並んで三筆と称されました。

その弘法大師は、どんな筆であっても素晴らしい字を書いた…、ということから、名人・達人レベルの人は、道具の良し悪しを問わず、素晴らしい作品を残すことができる、道具を選ばないということをさして「弘法筆を選ばず」と言われます。

これは下手な人が道具のせいにすることを戒めた言葉ですが、さて、これは実際にどの程度真実と言えるでしょうか?

プロだからこそきちんとした道具を使う、とも言えます。

スポーツの世界では、トップクラスの選手には、用品メーカーがその選手のためだけの特別仕様の道具を作ります。音楽の世界でも、トップクラスの演奏家であっても粗雑な楽器では見事な演奏はできないでしょう。

先日、『シーモアさんと,大人のための人生入門』という映画をみました。最高のピアノ教育家のシーモアさんを主人公としたドキュメンタリー映画でしたが、コンサートで使うピアノを、ピアノ工場の地下で選ぶシーンが印象的でした。

ちょっと弾いては「このピアノはだめだ」「これもだめだ」と片端からだめ出しです。その製品は、メーカーが作って調律もしっかりしてあるもののはずですが、何かが違うようです。

数あるピアノから一つ「これは素晴らしい」と絶賛したものを選んで、コンサートで使うことになりました。

弘法筆を選ばずと正反対です。

壁を感じたら道具を変えてみるのもひとつの手

難しいところですが、スポーツでも芸術分野でも、何かしらの道具を使うものに取り組んでいて、もし頭打ちを感じていて、壁を感じている場合は、一つ上のランクの道具を手にするのもいいのかもしれません。

素晴らしい道具、上のレベルの道具は、何かしら苦労させられるところを軽減する工夫が、最初から備わっていたりします。何か気をとられることが多かったところで、道具が助けてくれることで、自分の能力や技術を発揮することに集中することもできます。

弘法筆を選ばずは真実であるとも思いますが、いい道具を使うことにためらうこともないと思うところです。

上のレベルの道具があるというのはそれなりに理由がありますし、プロやトップクラスの人たちがそれらを選ぶのも、やはりそれだけの理由があるものです。

その道具の持っている能力を引き出すのは難しいかもしれませんが、いい道具を持つからこそ、自分の能力をしっかり引きだせることもあるでしょう。

たまには「筆を選り好み」するのもいいのではないでしょうか?

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