記事提供:messy

わたしたちは別れ方についてもよく知らないね。

「婚活(婚カツ)」という言葉が普及しはじめたのは約10年前のこと。『「婚活」時代』(山田昌弘・白川桃子著、ディスカヴァー携書)という本の登場がきっかけだったように思う。

この本は新書だけど、新書としては珍しい、カバーにショッピングピンクという配色だった。

「男性よりも女性に読んでもらいたい」とか、あるいはちょっと捻くれた受け止め方だろうが「女性は小難しそうな新書なんて読まねーだろうけど、この新書は女性こそが読むべきなんだよ」といったメッセージが込められているようにも感じた。

単に結婚式=華やかなイメージを取り込んだだけだったのかもしれないが、当時20歳になりたてだった私には、興味のない話題だった。が、書店でこの本を見かけて「婚活」の二文字を目にした時は、何となく、すげぇ面倒くさいことになりそうな予感がした。

この本の帯には『若者の4人に1人は結婚できない』と書かれていた。「しない」じゃなくて「できない」。「できない」っていうのはつまり、まず先に「したい」という気持ち、「するべき」であるという前提があって成り立つ言葉だ。

結婚はするべきだし、みんなしたがるものだし、できなかったらヤバいよ、ダサいよ、といった価値観の元、煽ってきている?煽りが、本のタイトルや帯に込められていると思った。

少なくとも、「結婚できないのはヤバいよ」という共通認識を持つ人たちに向けて書かれているのだろうし、その共通認識がマジョリティなのだろうと私は理解している。

この本は大ヒットし、「婚活」という言葉は一時的な流行語にとどまらず、死語になることもなく、2017年現在すっかり定着している。

婚姻率も出生率もたいして上がっちゃいないけど、ネットに腐るほどある恋愛アド(クソ)バイス記事でも、結婚をネタにした記事は多く、そのほとんどがざっくりいえばどうすれば結婚“できる”のか、というやつ。

大体が、「する」「しない」じゃなくて「できる」「できない」という表現を用いてくる。

「できる」「できない」と書かれた記事のほとんどは、「結婚できるのが望ましい」という価値観前提になっていて、「しない」「したくない」という選択は世の中に存在していないかのようスルーされる。

実際、「しない」「したくない」人はその記事を読まないだろうから、これでいいのだろうか。

でも「したいのかしたくないのか、決めかねている」人や、20歳の私のようにまだ結婚について具体的に検討していない人に、この価値観を刷り込んで焦りや劣等感を感じさせるのって、どうなのだろう。

<そりゃ結婚できないだろ!「失笑されてる」売れ残り女のNG特徴3つ Menjoy!>に至っては、タイトルからわかるように、結婚していない=結婚できない=売れ残りのダメ女の方程式が出来上がっちゃっている。序文の煽り文句がまたスゴイ。

<結婚にやる気があるのに結婚できない女性は一定数いますよね。数年前はそんな女性たちを笑っていた自分も、いつしか同じ立場に…なんて恐いことにならないよう、今の内に“売れ残り女の特徴”を知っておきましょう!>だ。

結婚できないと人に失笑されるよ、というハッパのかけ方がバカげているし、幼稚すぎやしないか。

こういったタイトルや序文を目にして、若い女性が「結婚しないと人にバカにされても仕方ないんだ」「バカにされたくなければ結婚すべき」と捉えてしまうリスク、望んで結婚していない人のことを「売れ残り女」と蔑んで良いのだという意識がますます浸透していくリスクを踏まえていない。

“結婚できない売れ残り女”の特徴として挙げられているのは、以下の3つ。要するに、結婚“できない”女は人間性に問題があるからだと宣っているのだ。この手の記事は“あるある”だ。

1:「ありのままの自分」症候群

2:内面のセールスポイントがない

3:良い家庭を作ってくれるイメージが無い

1つ目の「ありのままの自分」症候群とは、<ありのままの私を受け止めてくれる相手>を理想とするあまり、<白馬の王子様を待ち続け>たり、<理想が高すぎる>ような女性なんだそう。

「ありのままの~」というあの歌の歌詞は<自分を押し殺さずもっとありのままの自分を出していいんだ>という意味であって、<ぐうたらでずぼらでわがまま放題な私のままでいいんだ>という意味じゃないんだよ、と。

いや、<ありのままの私を受け止めてくれる相手>を理想としているからって、肝心の<ありのまま>が何であるかは人それぞれだろうから、イコール<ぐうたら><ずぼら><「わがまま放題>とは限らない気がするが。

まあ、おそらくこの項目で言いたいのは「妥協しろよ」ってことなんだろう。

2つ目。もう<セールスポイント>っていう表現がイヤだ。婚活本ではよく言われることだが、自分を売り物に見立ててその価値を高めよと。

<顔は決して悪くない…なのに結婚ができないのは、“内面のセールスポイント”が無いから><ちやほやしてくれる男性たちに甘えきってしまうと、内面のセールスポイントが何も生まれず、年を取った頃に「顔だけかよ」「顔は良いんだけどね」と言われる“売れ残り女”になってしまうわけ>だそうだが、内面のセールスポイント例は<気配りができる>とか<相手の気持ちを尊重できる>とか<聞き上手>とか、いかにも男が望む女にあってほしい特性ばっかり。

結婚を「男が女を選んで成り立つコンテンツ」ってことにしちゃっている。

もし本当に、結婚している女がみぃんな気配りができて相手の気持ちを尊重できて聞き上手な人格者なら、「ママカースト」ができたりママ友イジメが話題化したりなんてあり得ないと思うのだが。

3つ目は、<「家事は女がするもの!」なんて主張はもはや古臭い暴力的な考え>と書きながらも、<女性だからこそできる「安心できる家庭を作る能力」は男性にとって結婚する上での判断基準>だそうでいちいち矛盾している。

<女性だからこそできる>って何なんですかね…!?
出産と母乳以外は、基本的に男女関係なくやろうと思えばやれるだろう。

記事では、<男性たちに「この人と結婚したら良い家庭を作ってくれそうだな」とイメージさせられるかどうかが鍵になる><本当に家事ができるかどうかがポイントなのではなく、良い家庭を作ってくれそうなイメージがある、という部分が大切>とあって、「男性は結婚相手には家庭的な女性を求める」という一般論に沿った話ではあるが。

この一般論って結局男が面倒くさいこと(家事育児)をなるべく、出来るだけやらずに済ませたいから、やってくれそうな女と結婚したいってことじゃないのか。

家事育児をすべてやる代わりに外で働きたくない女性にとってはそういう結婚の形はアリだろうが、そうじゃない働く女性も「家庭的な女性」であることを求められる。

その場合の結婚に、メリットはあるんだろうか。後者の結婚で、夫婦の愛情は保たれるのだろうか。

したけりゃすればいいし、したくなけりゃしなくていいはずの結婚を「できる」「できない」の話に変換する前提もさることながら、「売れ残り女」という表現からもわかるように、「男に選ばれた女が結婚“できる”」という古臭い男尊女卑的価値観が、そこには通底している。

男に選ばれなきゃ女は結婚できないんだから、女は頑張って男が好むような家庭的(見た目は清楚系がいいのだろう、多分)な女になるのが賢いやり方で、結婚できなくてバカにされるくらいなら男の欠点なんか多少目を瞑るのが幸せの秘訣だ、と。

もし、これを読んで「よくわかってるなあ」と思う男がいるかと思うとぞっとする。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy
バナナ&ストロベリー

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