『認められたい』(熊代亨/ヴィレッジブックス)

ツイッターやフェイスブックなど、いわゆる「SNS」を常用している読者諸氏も多いことだろう。手軽に全世界と繋がれる便利なツールだが、一歩間違えば盛大に叩かれ「炎上」する危険もはらんでいる。

しかしそれでもSNSを使い続けるその行動原理は何か。『認められたい』(熊代亨/ヴィレッジブックス)ではそれが「承認欲求」と「所属欲求」であろうと考察している。

著者である熊代亨氏は精神科医だが、本書ではことさら難しい専門用語はほとんど登場しない。

「承認欲求」といえば難しく聞こえるが、要は「認められたい」ということだ。およそこのような平易な言葉や事例などを使って、その「認められたい」心理を分かりやすく解説している。

人間は基本的に「認められたい」生き物だと著者は説く。よい成績を取れば親や先生に褒められたいし、優秀な営業成績を残せば上司や会社に評価されたい。誰もが持つ、当然の欲求である。

しかしそれを暴走させてしまうのが問題だというのが、著者の見解だ。

例えば現実世界で目立たない人が、オンラインゲームで上位の成績を取るようになってゲーム仲間からもてはやされ、それが快感となってますますオンラインゲームにのめりこんで生活が破綻する──といったようなことである。

普段、褒められることに慣れていない人がネット世界で急に「認められた」ため、「承認欲求」を暴走させてしまったのだ。ツイッターに投稿して「いいね」を必死に集めたがる人も、同様である。

こうしたことは、程度差こそあろうが多くの人が体験しているのではないだろうか。

では「承認欲求」を充たせない人は、どうやって「認められたい」気持ちを充足させるのか。それは「所属欲求」を充たすことである。「所属欲求」とは、クラブや会社などの「集団」に所属したいという欲求だ。

そしてその集団が評価されることで、自身の「認められたい」気持ちを充たすのである。優秀な会社に勤めている人が、それだけで誇らしくなるという感覚だろうか。

しかしこちらも度が過ぎれば、集団の優秀さを維持したいがために、有害と思われる他者を排斥してしまうような暴走を犯しかねない。

結局はすべて「バランス」なのだ。「承認欲求」と「所属欲求」のどちらかに偏りすぎても、「認められたい」気持ちが過度であってもよくない。

著者は「認められたい」にはレベルがあり、上級者は日常の挨拶程度でもその欲求を充たすことができるとしている。逆にレベルの低い人は「高スペックの異性と付き合いたい」など求めるハードルが高く、簡単に承認欲求や所属欲求を充たせないのだ。

要するに上級者は自分の身の丈に合った、バランスのよい「認められたい」が成立しており、下級者はそのバランスを欠いているということになる。

ではどうすればレベルアップできるのか。本書では、これには経験の積み重ねが不可欠だと語られている。他者とコミュニケーションを取っていくうちに、認めたり認められたりすることで徐々に成長していくのだ。

最近はネット上でもコミュニケーションを取ることができるが、ちょっとしたことで誤解も生じやすいため、やはり直に対話することが望ましいという。

結局、他人に認められたければ、自分のできることで認めさせるしかない。しかしSNSで過激な動画をアップするなど安易な方法を選んでしまうと、いずれどこかで破綻するだろう。

地道ではあるが、自分の得意な、あるいは好きな分野でスキルを磨き、時間をかけて認めてもらうのが最良だ。

私自身、随分と長くライター稼業を続けていると思うが、それはやはり認めてくれる周囲の人と、読んでくれる読者諸氏がいてこそなのだと、今更ながら感謝しかないのである。

権利侵害申告はこちら