記事提供:日刊大衆

4月6日放送の『ビートたけしの私が嫉妬したスゴい人』(フジテレビ系)でビートたけし(70)が自身の引き際について言及。

お笑いタレントの劇団ひとり(40)や伊集院光(49)らを驚かせる場面が見られた。

この番組は一流の芸能人やアスリートが、嫉妬を感じた人について語るというもの。この中で女子レスリングの吉田沙保里選手(34)が、50歳で現役を続けている横浜FCの三浦知良に嫉妬していると告白した。

これを受けて劇団ひとりが、たけしに、「この長い芸能生活で、もうそろそろやめたいなと思ったことないんですか?」と聞いたところ、たけしは「ずーっと思ってるよ」と答え、出演者たちを仰天させた。

たけしは続けて「でも芸人ってのは客次第っていうかさ、お客が持ち上げてくれたのに、自分でそれ切れるかっていうかさ。まだビートたけし見たいやつがいて、ある程度数がいて、局から仕事が来れば、来るよ。もうやめましたとは言わないな」と話し、自分が求められる限り、引退はしないと明言。

さらに「それ(求められること)が徐々になくなって、自然消滅の形じゃないかね」と、自身がやめるときのイメージを語った。

これを聞いた伊集院がたけしに、人気ラジオ番組だった『ビートたけしのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)をやめた理由を尋ねると、たけしは10年続けたこの番組を、8年目にやめようと思ったと回答。

伊集院が、そのときも、もっと聞きたいと思っていたリスナーがいたはずだと質問すると、たけしはしゃべっている中で、適切な言葉がすぐに出てこなくなってしまったからだと、その理由を説明した。

たけしはその自分の変化を当時、番組の構成作家を担当していた高田文夫(68)に打ち明けたと言い、「だから、あの番組の後半は、自分でも恥ずかしいくらい手抜いてるよね」と明かしていた。

また、たけしは漫才をやめたのも同じ理由だとし、「漫才もいいペースでしゃべってて、自分でネタ作って自分で落としてんだけど、相棒がしくじるとそれにツッコむじゃん。その言葉が、“何とかじゃねえんだ”って、何とかの(部分に入る)人の名前が、一番ぴったりした名前が、分かってんだけど、出てこないんだよ」と弁明。

ツッコミが思うようにできなくなったため、漫才をやめたと打ち明けて、伊集院らを驚かせていた。

「ビートたけしが『オールナイトニッポン』をやめようと考え始めたのが、番組開始から8年目の1989年だとすると、当時のたけしは42歳。まだ滑舌が悪くなったり、思ったことがパッと出てこなくなる年齢とは思えませんね。

ただこの年、映画監督“北野武”作品の第一作目である『その男、凶暴につき』が公開されています。たけしの関心が漫才やお笑いだけでなく、いろいろなジャンルに広がったため、それまでのようなツッコミやトークに全力で没頭できなくなったのが、言葉が出てこなくなった理由かもしれませんね」(お笑いライター)

それでも他の芸人に比べれば、当時のたけしのトークは、まだまだ切れ味が良かったはず。しかしプロとしてのプライドが、その微妙な自身の変化を許せなかったのかもしれない。

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