先日、公衆トイレの女性用個室に侵入したとして建造物侵入罪に問われていた20代の男性に対して、静岡地裁沼津支部が無罪を言い渡していたことがわかりました。

建造物(住居)侵入罪(刑法130条)にはなかなか複雑でむずかしい問題が含まれていますが、はたして男性が女性用トイレに入ることは(逆のパターンも)、そもそも犯罪なのでしょうか。

【今回の事件を理解するための3つのポイント】

1. 「住居侵入罪」は不倫の取り締まりに使われていた
2. どこからが「不法侵入」になるのか
3. ただし、「緊急は法を破る」という原則も

「住居侵入罪」は不倫の取り締まりに使われていた

まず住居侵入罪に関する戦争中の興味深いエピソードからご紹介します。

次の図は、昭和の時代における性犯罪と住居侵入罪の認知件数の推移を表した図です。

出典平成元年版『犯罪白書』より

戦争がはじまった昭和16〜18年頃にかけて住居侵入罪が激増していますが、実はこの時期、人妻の不倫(浮気)を厳重に処罰するという国策が働いていたのです。

戦前までは刑法に姦通(かんつう)罪」という犯罪があり、不倫をした人妻とその相手は最高で2年以下の懲役に処せられていました。その後戦争がはじまって、夫が戦地にいる間に妻が不倫をしているようでは兵隊の士気に重大な影響があるということで、国は姦通を厳重に取り締まることになります。

しかし、この犯罪の処罰には夫の告訴が必要でした。夫が戦地から告訴をすることはむずかしいので、不倫を住居侵入罪として処罰したのです。つまり、一家の中心たる夫には「住居権」があり、住居でなされる不倫はこの住居権を侵害するため、住居侵入罪にあたるとされました。

どこからが「不法侵入」になるのか

戦後になると夫を一家の中心とする考えは否定され、住居侵入罪は夫の住居権ではなく、住居の平穏を害する犯罪だとされました。そのため、違法な目的であっても事実上平穏な立入りであれば、単純に「侵入」だとはいえなくなりました。

たとえば客のふりをして万引き目的でスーパーに入る行為は、違法な目的であっても事実上平穏な態様での立入りなので、「侵入」とはいえなかったのです。

しかし、近年はかつてのように管理者の意に反する立入りが「侵入」だとする考えが再び有力になっています。たとえば、以下のような事例が参考になると思います。

例1)春闘(労働組合による賃上げ要求を中心とする闘争)のビラを貼るために郵便局に立ち入った行為について、それは管理者が容認するものではないとの理由で建造物侵入罪を認めた判例(最高裁昭和58年4月8日判決)

例2)自衛隊のイラク派遣に反対するビラを防衛庁宿舎の玄関ドア新聞受けに入れるために宿舎の敷地に立ち入った行為を「侵入」と判断した判例(最高裁平成20年4月11日判決)

出典筆者調査

例2)に関しては、通常のビラの投函目的ならば「侵入」ではありませんが、反戦ビラを投函する目的での立入りならば「侵入」ということになります。

ただし、「緊急は法を破る」という原則も

このように最近の判例に従って判断すれば、違法目的がなくとも、男性が女性用トイレに入ることは、それ自体が管理上のルールに反することなので、当然「侵入」と評価されることになります。

ただし本件では、被告人は男性用トイレが塞がっていたので、やむを得ず女性用トイレに入ったと主張し、結果的にこれが認められました。

法の世界では、「緊急は法を破る」という原則があります。もちろん、緊急状態だからといってすべてが許されるものではありませんが、“守るべき利益”と“侵すことになる利益”を比較して、前者がより大きいならば許されるという原則です。

名誉(あるいは自尊心)が傷つく危険性から管理上のルールを破った本件の場合、まさにこの原則が適用され、「おなかが痛くて」は正当な理由だと判断されたのだと思います。

緊急状態を理由に無罪というのは滅多にないのですが、本件はその数少ないケースだと思います。なお、女性用トイレにいるのを発見された男性が、盗撮用のカメラなどをもっていたとしたら、「おなかが痛くて」といった言い訳が信用されることはもちろんむずかしいでしょう。

【文/園田 寿】

1952年生まれ。関西大学大学院修了後、関西大学法学部講師、助教授を経て、関西大学法学部教授。2004年からは、甲南大学法科大学院教授(弁護士)。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、青少年有害情報規制などが主な研究テーマ。現在、兵庫県公文書公開審査会委員や大阪府青少年健全育成審議会委員などをつとめる。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『インターネットの法律問題-理論と実務-』(2013年新日本法規出版、共著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。趣味は、囲碁とジャズ。

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