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独特の存在感と表現力で、脇役から主役まで数々のドラマや映画に出演してきた俳優・大杉漣。

ここ最近では、『バイプレイヤーズ』(テレビ東京系)で脇役ブームの中心人物になる一方、『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)の「ゴチになります!」レギュラー出演も話題に。

そんな大杉が40年以上にわたる俳優人生を振り返りながら、その転機になった北野武監督の演出、現在のバイプレイヤー同士の絆について語ってくれた。

4月期の連続ドラマ『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』(TBS系)で演じる、オンラインゲームにはまる父親役についても聞いた。

食わず嫌いをせず、触れることによって見えてくることがある

――『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』は大ヒットゲームが題材になっているドラマですが、オファーを受けたとき率直にどう思われたのでしょうか?

大杉漣 実写とゲームのコラボと聞いていたのですが、どういうふうにゲームが実写に入っていくのかというイメージが最初は湧かなかったんです。

でも、『光のお父さん』というタイトルのおもしろさやテーマをうかがい「これはぜひやらせていただきたい」と思いました。

『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』で親子役を演じる大杉漣と千葉雄大。

60歳を過ぎてオンラインゲームにハマるお父さん。

――もともとゲームはやられるのですか?

大杉漣 息子が小学生の頃『スーパーマリオ』とかは一緒にやったことはありましたが、基本的にはほとんどなじみはないですね。

ただ、ドラマでもゲームを知らないお父さんが徐々にゲームになじんでいく設定だったので、逆にリアルかなとは思いました。ゲームのなかで知らない人と会話をしたり、コミュニティができたりというのは驚きました。僕は、完全なる初心者です。

――バーチャルなコミュニケ―ションというのは、俳優のお仕事で接する人とのつながりとは全く違うものなんでしょうね。

大杉漣 ドラマは脚本というフィルタを通してはいますが、生身の人間が向き合って、剥き出しの感情を表現するなかでリアルで正直な関係性を築いていくものだと思っています。

この作品のお父さんもゲームを通してですが、正直に過ごすという気持ちは一緒なのかなと感じました。ゲームの世界は未経験でしたが、食わず嫌いをせず、触れることによって見えてくることもありました。

僕は器用な俳優ではない。不安を感じてもがき苦しんで表現する

――そういった新しいものに触れるという意味では『ぐるぐるナインティナイン』の「ゴチになります!18」へのレギュラー出演なども新しいチャレンジですね。

大杉漣 僕にとっては思わぬオファーでしたね。65歳でこういうことをやらせていただいていいのかなという思いはありました。でも勘違いしてはいけないのは、どんな仕事も、僕が選んでいるのではなく、まずは選んでいただいているということです。

そのなかで、どう仕事に向き合うか。1970年代に「見る前に跳べ」という言葉が流行っていたのですが、まず考えるのではなく、やってみる、飛んでみる。そのあとにどう感じたのかを味わえばいいというのが、僕の生きるベースになっている気がします。

『ゴチになります!』も『光のお父さん』も、正直に向き合い“一生懸命”をそこに置いていきたいと思います。

――何事も経験ということですね。

大杉漣 僕は器用な俳優ではありません。これまでもこれからも、もがき苦しみ不安を感じつつ表現していくのが自分の仕事だと考えています。僕の俳優としての出発は、“沈黙劇”という特殊なメソッドからでした。

俳優になり40年以上に経ちますが、取材等で「劇団時代は苦労されましたね」とよく言われるんです。

正直に言えば、僕はこれまでの自分の歩んだ時間を苦労だったと感じたことはありません。苦労という言葉にあてはまらない時間です。だって僕が選んだ道ですから。

――ではこれまで、俳優という仕事に迷いは全くなかったのですか?

大杉漣 迷いがないなんてありえません。今なお迷いっぱなしです(笑)。転形劇場に16年在籍したのですが、劇団が解散したあと、僕が経験してきた演技のメソッドが映像の世界でも通じるのかなと思っていた時期もありました。

1990年代、仕事はVシネマ中心、数多くの出会いもあり濃密な時間でしたが、自分のなかに演ずることの迷いも生じていた頃でした。

そんな時期に、北野武監督の映画『ソナチネ』のオーディションを受け合格、出演することになりました。そこでの経験は、とても大きな刺激になりました。

ターニングポイントは北野武監督の「そこにいること」を求める演出

――それはどういった経験ですか?

大杉漣 北野監督は僕に「何かをしてくれ」ということは一切求めなかったんです。「そこにいてくれればいい」とおっしゃいました。

僕らの仕事って、普通は何かをやること、演ずることを求められるのですが、ただ“そこにいること”を求められる演出は初めてでした。それは、まさに転形劇場でやってきたことと通じると感じたのです。

何かを演じるということより舞台の上に存在すること、それはまさに転形劇場の演出家・太田省吾氏が僕らに求めていたことでした。

――大きなターニングポイントになったんですね?

大杉漣 そうですね。北野武さんの映画に出会えたことは、次への歩みにつながったと思います。もちろんこうして俳優を続けてこられたのは、様々な作品や人との出会いがあったから。

俳優として挑む事のできる現場を与えてくれたからこそ、今があると感じています。

――とても話題になったドラマ『バイプレイヤーズ』(テレビ東京系)も、そういった出会いが結びつけた縁だとお聞きしています。

大杉漣 十数年前に、僕ら6人(大杉漣、光石研、遠藤憲一、松重豊、田口トモロヲ、寺島進)の映画祭を下北沢の映画館でやっていただいたんです。

その前にも集まったりしていたのですが、「いつかみんなで一緒に映画をやりたいね」という話もしていて、実際に企画を立ち上げていた時期もありました。そんな矢先にテレビ東京さんから思わぬオファーがあり、今回のような形になったんです。

――壮大な時間の流れのなかで実現した番組なんですね。

大杉漣 今だから実現できたんだと思います。全員が数多くの現場を踏み、そこにいる。撮影現場のみんなの顔は、とても充実し楽しいものでした。館山ロケは、ほぼオジさんの合宿のようでしたし、あんな時間はなかなか経験できませんね。

大杉漣が演じる大杉漣であって、僕そのものではない

――みなさん脇役だけでなく主演もされていて、“バイプレイヤー”という言葉がブームになっている感じも受けます。

大杉漣 個人的にはどう見られても、どう呼ばれてもかまわないです。腰を据えて表現の世界であたふたしているのが僕の仕事です。ドラマを観るみなさんは、思うまま楽しんでいただければと思っています。

――『バイプレイヤーズ』もそうですが、フェイクドキュメンタリーといった俳優さんがご本人役で出演するドラマが増えています。“役”を演じることが仕事の俳優さんにとっては、どういう距離感なのでしょうか。

大杉漣 基本はフィクションです。それが本当か嘘かは視聴者の方が判断し、おもしろがっていただければと思います。

演技について言えば、役柄には演じる“その人そのもの”が現れるもので、セリフ(言葉)一言ひとことのなかにその人の生き方が出るものだと考えています。

演じるというのは楽しさもあるけど、その人そのものが見え隠れする怖さもあると思っているのです。

『バイプレイヤーズ』に関しては、皆さんラフに作品と向き合っていますが、ラフにいることの大変さも皆さん熟知されていると思います。

僕が演じる大杉漣役もやはり僕そのものではないです。デフォルメしたりアレンジしています。と言っても素の部分もたくさんありますが(笑)。

――本当に素敵な6人でした。ずっと続けていきたいのでは?

大杉漣 撮影が終わったあとも、「風邪ひいてない?」「どこどこの何が美味しいよ」とかそんな他愛なきメールが来ます。恐らく僕たちは、『バイプレイヤーズ』が終わったという安堵と、ちょっとした寂しさを感じているんだと思います(笑)。

本当はすぐに飲みに行きたいんですが、今はしばらく我慢して会わないようにして…でもまたそのうち集まると思います。

今回は『バイプレイヤーズ』という広義なタイトルでしたが、これは僕ら6人じゃなくてもいいわけですし、いろいろな形の『バイプレイヤーズ』があると思うんです。女優さんバージョンだっていい。

今回は僕らの作品になりましたが“バイプレイヤー”と呼ばれる方たちは、他にもたくさんいますからね。もし続きがあるなら、もちろん僕たちも今回とは違った形のアプローチはしたいと願っています。

――いろいろな想いが交錯したドラマだったんですね。

大杉漣 他の現場では味わえないものがありましたね。みんなのいい意味でのワガママだったと思います。しかし、よくよく考えてみれば、それは監督さんスタッフさんにワガママを言わせてもらっていたんですね。

彼らに“放牧”されている感じです(笑)。ノウハウやシステムではなく、気持ちがものを作っていくんだということを改めて感じさせてもらった現場でもありました。

『バイプレイヤーズ』は、オジさんたちの長い修学旅行もしくは部活だったんじゃないですかね。実際、まくら投げもやりましたから(笑)。ああっ、今こうして話していたら、またみんなに会いたくなりました(笑)。

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