『不自由な絆』(朝比奈あすか/光文社)

「女ともだち」の存在は複雑だ。仕事・結婚・出産など人生の岐路を経て、たとえ学生時代の親友でも関係が微妙に変化していくのはよくある話。ましてや子供を介した「ママ友」となると、その難しさは倍増する。

ためしにGoogleで「ママ友」検索してみるといい。「ママ友 こわい」「ママ友 トラブル」「ママ友 いじめ」などネガティブワードと「ママ友 募集」「ママ友 付き合い方」が並ぶ。

イヤだと思いつつも無視できない複雑な本音が、一瞬にして浮かび上がる。

朝比奈あすかさんの新刊文庫『不自由な絆』(光文社)も、そうした微妙な関係を絶妙に描いた長編だ。いわゆる“ママ友”となった洋美とリラという二人の女性を描く物語だが、実はこの二人が中高時代の同級生だったという事実が波乱の種となる。

いわゆるママ友は、あくまでも我が子ために多少の無理をしながらも母親同士が作っていく人間関係であり、逆にいえばそもそも子供がいなければ接点すらなかったりするもの。

だが元同級生という前提は子供抜きでも親しみを生むものであり、もちろんそれ自体は悪いことではないが、万が一関係がこじれるとややこしさはこの上ない。実際、物語にはそうした難しさが克明に描かれるのだ。

乳児予防接種会場で偶然に再会し、育児を助け合うことで親密さを増し、いわゆるママ友になった二人。

だが、ひとたび幼稚園で暴れん坊の洋美の息子・敏光がおとなしいリラの息子・光鳥(らいと)をいじめるという現実に直面した時、リラはその親しさと元同級生だからこそ抱く密かなライバル心が邪魔をして、洋美に注意できないというジレンマに陥る。

夫に相談したところで機嫌を損ねて険悪なムードになるだけで、リラはひとり悩み、理不尽を承知で光鳥に我慢を強い続ける。が、ついに逆噴射。他の母親と結託して敏光を幼稚園から追い出してしまうのだ。

一方の洋美だが、彼女は何も見えていない鈍感な親だったわけではない。

生まれつき癇が強く、いわゆる「育てにくい子」の敏光に翻弄され、仕事もキャリアも諦め家庭に入った洋美は、「息子は発達障害ではないか?」と診察を受け、「息子が愛せない」と義母に苦悩を訴える。

リナとは子供が幼い頃から助け合ってきただけに、一方的な決裂に深く傷つけられ、「一言、言ってくれていたら…」と複雑な思いを抱くのも当然のことだろう。

この二人のその後の関係を追いながら、物語には他にもさまざまなタイプのママが登場するのだが、そのリアリティには「こういう人いるわ」と思わず納得。

中には敏光に手を焼く洋美の「ハズレを引いた気分」との心の声にドキリとする方もいるかもしれない。

本来なら子供は別人格であるはずなのに、特に幼少期の母親は子供と過剰な同化意識を抱き、まるで子が母親の作品か通知表かのように思ってしまうところがある。いい子なら自慢だし問題児なら不当感や無力感。

育児の責任がほぼ母親にいってしまう現実がもたらす結果ともいえるが、ママ友関係が泥沼化しやすいのも、子がメインの繋がりのようでいて実は母親自身の欲望や虚栄心といったグロテスクさが見え隠れするからなのかも。

その実相を本能的に感知するからこそ、世のママたちもママ友に悩むのだろう。

物語は子供たちが思春期を迎える頃までを丹念に追う。子供の成長を客観的に受け止め、ママではなく「自分」の視点を取り戻した時、彼女たちがどう変わるのか。実はそここそがこの物語の読みどころであり希望でもある。

家族に対してだけでなく、かつてママ友であった二人の絆もまた変化する。「女ともだち」はやっぱり複雑。そして、だからこそ面白いのだ。

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