昨夏、出版されたエッセイ『九十歳。何がめでたい』(小学館)が現在56万部と大ヒットを続けている直木賞作家の佐藤愛子さん。

世の中が進化して便利になったはずなのに、つまらない「正論」をふりかざして小さくまとまり、合理化と称した理不尽が広がる現代社会を、オーバー90の見識と体験値で「いちいちうるせえ」ときっぱり怒る痛快さ。

その勢いにつられ、笑って元気づけられる人が続出している。

さて、そんな彼女の闊達とした小気味良さに中毒になった方に朗報だ。最新作『それでもこの世は悪くなかった』(文藝春秋)は、その佐藤愛子なる大人物がいかに出来上がったのか、93歳にして初の本人語りおろしで知ることができる。

帯には満面の笑みのご尊顔と共に「強く生きるコツ?いやあ、私のように生きるのは、止めた方がいいんですよ」の文言。いやいや、若輩はしっかり学ばせていただきます!

本にあるのは佐藤さんの人生の指針となった金言の数々(ありていの偉人の言葉ではなく、乳母や両親、小説の師など身近な人々が暴れん坊の佐藤さんに釘を刺した言葉だけに味わい深い)や、戦中戦後の混乱期を生き抜いたタフネスにもとづいた幸福論、そして「死」を迎える心持ちまで、まさに人生訓といった幅の広さだ。

佐藤さんといえば、夫の作った巨額の借金を肩代わりし見事に完済したという豪快な伝説の持ち主だが、「正々堂々」と「自由に生きる」を是とするご本人によれば、借金取りからコソコソ逃げ回る生活がどうしても耐えられず、半ばヤケクソでやってしまったとのこと。

勢いで済ますにはレベルがすごすぎるが、さすがなのは「やっちまったことは仕方ない」とばかり運命を引き受けて言い訳をしないことだろう。

そしてダメ夫をいなしながら、きっちり子育てしながら、見事完済。おまけに途中で直木賞も取るというハイパーすぎる働く女でもあり、たしかに真似したくてもちょっと無理かも…。

だが、佐藤さんの「ぶれない」姿勢には学ぶべきところが多いはず。ご本人は勢いとは言うけれど、突き進むのはあくまで自分がこうだと思う道であり、自分で選ぶから言い訳もしなければ逃げもしない。

おまけに何事も経験を信じる経験主義だけあって、選択そのものに迷いもなければ他人の目など気にもしない。この肝のすわり方は困難を生き延びた戦争体験世代だからこそ…とはいえ、やっぱり佐藤さんの潔さは尋常じゃないが。

本書の『それでもこの世は悪くなかった』というタイトルは、どこか前作『九十歳。何がめでたい』に対する、著者自身によるおおらかなアンサーのようだ(ちなみに『九十歳。~』は、執筆が決まった91歳当時、老いの日々への憤りに対し半ばヤケクソにつけたタイトルとのこと)。

と同時に、もはや運命である「死」にのぞむ感慨でもあるのだろう。

実は北海道にある別宅で、惨殺されたアイヌの怨念が引き起こす超常現象に散々悩まされたという佐藤さんは、想いを残して死ぬということのしんどさ、執着が人を惑わすことを実感し、「この世に未練なく死ねるのが一番ありがたい」と悟ったという。

その意味ではこのタイトルはそのまま佐藤さん流の「幸せなあの世へのパスワード」でもあろう。

戦争を知る世代が次々とこの世を去っていく中、いまだパワフルに語りかけてくださる佐藤さんの存在はあらためて貴重だ。

そして、今もこうしてタイムリーにその声が届くのはつくづく幸せなことだと思う。まだまだ教えてほしいことはある。大先輩からの最新エール、早速がしっと受け止めよう。

権利侵害申告はこちら