記事提供:messy

聖母と天使のクソ日記

「イクメン」とかいう言葉がとにかくダサすぎて吐き気がする。

昨今の育児を語るうえで必ずといっていいほど登場する「イクメン」というワード。

私はこの言葉を使う人に出くわすと、「どういう思惑でそんな忌まわしい言葉を使ってるのか?」と、問い詰めたくなる。

時代と共に数えきれないほどの「流行ワード」というものが消費されてきたが、この「イクメン」という言葉、ただの「流行ワード」なんて括りで噛み砕くことは私には不可能だ。

噛み砕く必要はないけれど、スルーも出来ない。

言うまでもないがこの「イクメン」、【育児をするメンズ】の略なわけだが、要は「山ガール」だの「カープ女子」だのと同類で、「〇〇なのに意外にも」という意味合いが含まれての言葉なのである。最悪だ。

従来はおっさんが好んでいた日本酒が最近では若い女性に人気だとか、家庭的な女性が得意としていたお菓子作りに自ら好んで取り組む若い男性が居たりとか、「今まではこうだったけど、意外に最近ではこういう傾向にある」という前提での趣向の変化をさす言葉。

それでいくと「イクメン」には、「育児は本来女性がするものだけど」という前提が含まれている。

女性は子供を産んだら(結婚したら)家庭に入り、家事と育児に専念する。それが女性の幸せだ。という人生観が主体的だった時代が長い間存在していたことは事実だろう。

だから、「育児を進んでおこなう男性」=「イクメン」とあえてピックアップしたくなるのも、わからなくはない。

ただし、「育児は本来女性がするものだけど」という前提は、もはや現代社会に通用しなくなっているので、「メンズなのに意外にも育児に関わる」イクメンというワードが当たり前のように使われるのは、もう、おかしい。

超高齢化社会で絶賛少子化進行中の日本は、労働人口が足りない。18~60歳くらいの健康な男性だけが働いて納める税金では国なんて回らないし、経済力も伸びない。だから、女性も働ければ単純に考えて労働力は2倍になる。

国がどうこうなんてどうでもいいとしても、大多数の人はとりあえず今を生きるために自分で働いて衣食住を確保しなければならない。結婚したって、夫1人ぶんの収入で妻や子供を養うなんて困難な家庭がほとんどだろう。

それに、お金の問題だけじゃなくて、「仕事をしたい」女性はたくさんいる(「仕事をしたくない」男性だってたくさんいるだろう)。

女性のためのキャリアアップ制度やセミナーを開催する企業も増えている。一方で、上昇志向の強い女性ばかりでは勿論ないから、派遣社員やパートなどの雇用形態で働く女性もたくさんいる。

あらゆる女性が、基本的には「働いている」のが現代だ。同じ会社内でも、取引先でも飲食店でもパチンコ屋でもショッピングモールでも、多くの働く女性を目にするだろう。

「女性が働くのは当たり前」であることは、いろんな場面で直接的に証明されているというのに、「イクメン」という言葉が未だ当たり前のようにまかり通っているのはおかしくないだろうか。

「イクメンブーム」に関して、「本来こうであるのに」の前提がなぜ、何年経っても変化しないのだろうか?

「パパはこの程度やってくれればOK」という暗黙の了解

「イクメン」という言葉が流行ったのは、当然のことながらマスメディアの影響が大きい。

特に、数年前のママタレブームに乗っかった既婚・子持ち男性芸能人が「イクメン」と呼ばれるようになったことが、この言葉を一般市民に浸透させたと私は考えている。

だって政府や自治体がどんだけ流行らせようとしたって、大抵のことは流行しないから。

男性芸能人たちは妻のブログで(あるいは自ら開設したブログで)、プライベートの「家庭人」という姿を見せ、物珍しさを全開に醸し出すことで話題になろうと戦略立てたのだと思う。

男性芸能人で「イクメン」と言えば、藤本敏史(46)やつるの剛士(41)や杉浦太陽(35)などの名前がトップに上がる。

彼らは芸人・歌手・役者(?)という芸能活動ではイマイチぱっとしないから(主観)、こうして「パパ」としてのキャラクターを演じることで自らを商品化し、芸能界でのポジションを確立した。

そんな「イクメン」活動は、妻の協力なしには成り立たない。彼らの妻である木下優樹菜(29)や辻希美(29)などは、そんな夫の「イクメンぶり」を讃え、自慢げにSNSに載せたりする。

平日午前帯の情報番組『ノンストップ』(フジテレビ系)で、以前、藤本敏史の“イクメンぶり”に密着していた。

「莉々菜ちゃん(娘)と一緒にお風呂に入るのが日課だという藤本さん。お風呂の他にもしっかりとしたおむつ交換。おしりの拭き方も慣れた様子。そのほかに洗い物まで!」と紹介されると、藤本は「優樹菜(妻)の仕事が忙しかったので洗い物をしています。洗い物したりするのも子育ての一つやからね」。

…妻の仕事が忙しくなければ、洗い物しないのか?なぜ?自分だって使ったものでしょう?「しっかりとしたおむつ交換」ってなんだよ。

そのほか、木下のブログには藤本の“イクメンポイント”として、「ベビーザらスで買い物につきあってくれた」「すりおろしリンゴをあげてくれた」、極めつきは「TDLで普段は耳とかつけたくない派なのにつけてくれた」などなど、めちゃくちゃとも言える“イクメンぶり”が挙げられていた。

これではまるで、ポンと来て手伝ってくれている何の義理もない第三者的扱いだ。

藤本自身に罪があるわけでも「俺は良いパパやで」という驕りがあるわけでもないだろうが、周りの反応がただただ気持ち悪い。

番組側も、木下優樹菜も、「男の人はこの程度やってくれたら十分だよね」と、世間一般の母親側に暗黙の了解を強いていないだろうか。

また、とある日の辻希美のブログには、夫の杉浦太陽についてこんなことが書かれていた。

『noa(娘)を連れて朝一で病院へ。診察開始時間前から並び、一番で受診することができた。そのあと学校に送り届け帰宅したら、たぁくん(夫)が息子達にご飯食べさせてくれていて…(涙)本当に助かったぁぁ♡♡ありがとう(涙)(涙)我が家のイクメン♡♡♡』

別に普通じゃね?と思ってしまうのは私だけだろうか。

夫は子の父親なのであって、つまり子の世話する立場である。監督責任者である。

だから、子が腹を空かせていたら食事の支度をして食べさせるのは当然やるべき仕事だ。夫婦が互いに感謝の気持ちを持つのはいいが、特別賞賛されるようなことではない。

共働きの妻が朝から長女のために走り回っているのに、在宅している夫がお腹空かせてる息子を放ってぐうたらしてたらどうなのよ。もし私なら帰るや否や、「寝てんじゃねぇ」と小一時間説教してしまうだろう。その前に子供に飯か。

でも私のような行動をとる妻は、マスメディア的には「鬼嫁」と呼ばれる。

「怖い奥さんだ」とか「夫が尻に敷かれてる」とか、そういうことになるのだ。

まさに【夫は半分のことを請け負うと“イクメン”だと称賛される】が【妻は半分のことを要求すると“鬼嫁”と蔑まされる】という、女にとっては地獄のようなルールが、この社会に根を張っている。

先ほど紹介したブログ記事は、辻が何かを深く考えて投稿したものではないと思う。単に日常生活を日々記録して公開するのが彼女のルーティンになっているのだろうし、夫への感謝の気持ちを綴るのも悪いことじゃない。

でも、これを読んだ辻ブログ読者の大半は「夫がここまでするのはすごいことなのだ。杉浦は、して“くれた”のだ」と認識してしまうのではないだろうか?

さらにブログ記事やインスタ投稿がいちいち「太陽のイクメンぶりに辻ちゃん感謝、『羨ましい~』『素的な旦那様★』ファン賞賛」といった具合のくっだらないネットニュース化され、ポータルサイトやLINEニュースに配信され、辻ブログの読者以外にも拡散される。

こうしたことの積み重ねで、地獄ルールは強化されていく。

有名人の発言には多大なる影響力があり、これでは世の中の妻たちにとって、少なくとも私のような妻にとっては、大変迷惑な話だ。

育児の責任は「パパ1:ママ9」?

結局、この「イクメン」という言葉が当たり前のように使われ、そんな「イクメン」男性をもてはやせばもてはやすほど、「育児とは本来女がやるのが当然である」ということを裏付けてしまっている。

共働き世帯が増えた現在では、この言葉は妻にとって邪魔な存在でしかないのではないだろうか。

先の辻ブログへの反応のように、あるいは水嶋ヒロのインスタコメントにも顕著だが、こうした「イクメン」を、「こんなにやって“くれて”羨ましい!」「うちも見習ってほしい!」と素直にホメる女性たちも少なくはない。

まるで年に1度海外旅行に連れてって“くれる”とか、寝る前にマッサージして“くれる”とか、そういったオプション事項と同類でくくっている。

私も今まで、既婚子持ちの知人女性たちから、そうした言葉を何度も聞いてきた。

「〇〇ちゃんの家は旦那が進んでオムツ替えてくれるし、ミルクも作ってくれる。羨ましい!」

「夜泣きがひどくて睡眠不足な時は、××ちゃんの旦那は当面食事は手抜きしても理解してくれるらしい!」

どの台詞にも、して“くれる”という言葉が共通して付いているのだ。

まるで、妻の個人的な趣味によって旦那に迷惑をかけている→でも旦那は寛容に受け止めて“くれて”優しい男性なのだ、とでもいうかのような言い方だ。

また、

「△△ちゃん家は、夜中赤ちゃん泣いちゃっても旦那さん大丈夫らしいよ」

「へぇ~それは羨ましい!ウチは起きちゃうわぁ」

というやり取りも聞いたことがある。

要は、『朝から仕事の夫が、夜中に起きてしまうのは悪い。何とか起こさずに済ませたい』という妻の配慮なのだろう。

へぇ~それはたいそうな思いやり…と思いたいところだが、どう考えてもバランスというか視点というか、すべてがおかしくないだろうか。

二人で望んで授かった命ではないのか?夫の精子がなければ子供は存在していないのに、まるで妻が好き好んで勝手に産んで、個人的な趣味で子育てしてるとでもいうのか?

妻も朝から仕事だったり、あるいは一日中、切れ目なく赤ちゃんの世話をする密着育児の真っ最中だったりするだろうに、『外で仕事をする夫』は夜泣き対応をさせては“申し訳ない”存在なのだ。

またしても木下優樹菜の夫、藤本敏史の例を出させてもらう。

木下は第一子出産後メンタルが不安定になったと自著で明かしているのだが、木下が子供の夜泣きで3日以上不眠不休で倒れたとき、夫の藤本は夜中リビングで子供を抱っこしてあやしていた…という。

このエピソードは、藤本のイクメンぶりを称えるものらしく、彼を「えらい、よくやった」と評価する主旨の記事(記事と呼んでいいものか不明だが)に引用されたりしているが、そんな様子を見るにつけ、私は「この国は大丈夫だろうか?」と心から案じてしまう。

そもそも、母親が3日も不眠不休で倒れる状況って何なのだろう。

そうなってみてから、夜中抱っこしてあやしてるからといって何だというのだろう。

そりゃ藤本は一応芸能人だし、もしかしたら地方ロケや深夜までの仕事が続いて休む間もなかった可能性だってあるが、このエピソードを美談と称える記事はあくまでも「献身的な夫が妻をサポートしている!」とでも言いたげで、きっと藤本が週3しか仕事がなかったとしても同じ内容だっただろうと思う。

子供に対する責任は夫と妻それぞれ同量あるはずなのに、世間の認識ではパパ1:ママ9くらいの極端さだ。これは穏やかではない。

男の育児を「日常生活」に落とし込め

テレビ、雑誌、ネットメディアが延々撒き散らす「育児は本来、女性の仕事。手伝ってくれる男性、えらいね!」ムードは、国ももちろん否定しない。むしろ乗っかる。行政が発行する冊子などにもしっかりと記載がある。

一昨年、私が母子手帳を交付してもらいに役所に行った際、出産や育児にあたってのサポート冊子のようなものを受け取ったのだが、その中に度肝を抜かれるフレーズがいくつか存在していた。

『夫も積極的な育児参加を!』
『献身的に妻のサポートを!』
『妻が不調により、家事ができない時は理解を!』

気をつけて読まないとスルーしてしまいそうなくらい自然体すぎる書き方にも驚いたわけだが、行政がこんなの書いていいんだろうか?だって、行政はどんだけたくさんの女性が外で働いているか把握しているはずだ。

なのに、「家事と育児は女性が担当してくださいね」と言わんばかりじゃないか。

行政の冊子によれば、家庭運営において「妻は張本人・夫はお客様」なのだ。

そのくせ、「奥さんも大変な時期なのだから、家事・育児は夫も積極的に手伝いましょう」と、あたかも「新しい考え方」を提案しているかのようなドヤっぷりなのだが、前提(=家事と育児は女性担当)が変わらないのなら、全然新しくない。

『夫は育児の当事者です!』
『献身的に子供の世話を!』
『妻が不調のときは、家事育児を分担せず休ませてあげ、旦那一人で頑張りましょう』

こう書けば、まだ、いいかもしれない。

理解ある夫が評価されるというが、そもそも妻は夫に「理解」など求めていない。

当たり前のことをしてくれ。ただそれだけのことだ。

出したらしまう、開けたら閉める、点けたら消す、父を名乗るなら育てる。

私は以前から、芸能人も含めイクメンを気取る男性はなぜみんな共通してダサいんだろう、と思っていた。

そのダサさはどこから臭ってくるものなのか?とってつけたような不似合な柄のエプロン?オムツを替える時のコンパクトになった姿勢?いや、違う。どうも、視覚から入ってくるダサさではない。

インスタグラムなどに「今日は〇〇(子供)のためにご飯を作りました」だの「天気が良いので一緒にお散歩です」だの、“育児してるオレ”アピールを週1とか月2くらいのペースでUPしているところだ。

子供の成長を楽しむ意味での投稿は自由だし、我が子の成長を日記のような感覚で載せている父親もいるだろうが、わざわざUPしているところが「非日常」感を物語っている。

これらの自称「イクメン」、もしくは「イクメン擁護派女性」の言動・行動って、私にはこんなふうに見える。

いい歳こいて「ほら、僕は自分のお洋服たためたよ!」「自分でおしっこできたよ!」とうれしそうにしている男性と、「わあ~××くん、カッコイイねえ~」「うちの子も見習ってほしいわあ~」と手を叩いてホメる女性。

滑稽でしかたない。その馬鹿っぷりが、究極にダサいのだ。

最後に断りを入れておくが、「育児に取り組む男性」を否定したいわけではない。それを“特別なこと”として扱ってはいけない、ということだ。

特別ではない日常生活の一部として育児している父親だって、少ないながらもいる。

乳児にミルクを飲ませおむつを交換し、抱っこして寝かしつける父親。

乳児連れで外出する際に必要な荷物を全部大きめのカバンに準備できる父親。

子供を起こし朝食を食べさせ着替えさせ連絡帳を書いて保育園に連れて行く父親。

子供を保育園から連れて帰り通園バッグから汚れた衣類を出して洗濯機にぶちこみ、夕食を食べさせて風呂に入れ一緒に少し遊んで歯磨きをし絵本を読んで寝かしつける父親。

子供の予防接種スケジュールを把握し小児科に予約、習い事や宿題を見たり、子供の持ち物すべてにきちんと記名する父親。

そういうのが、“特別なこと”ではないと、みんな思えるようになってほしい。

こうして書き出してみると、「女じゃなきゃできない」ことなんて、ひとつもないはずだ。

小出 愛

1981年生まれ、学生時代から10年以上スポーツ一本、卒業後はスポーツトレーナーとして第一線を志すも、いろいろあってパチ屋店員に。

そこで旦那と出会い、結婚、2016年に第一子出産。プロレスは知らないけど猪木が好き。ママ友ヒエラルキーには入りません。

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