80、90年代ガールズカルチャーを席巻した「オサムグッズ」

出典 http://www.osamugoods.com

1980、90年代、学校の教室や通学路でいったいどれほどの「オサムグッズ」を目にしていたことか…

その「オサムグッズ」の生みの親、イラストレーターの原田治さんが死去されたことが2月10日付けの報道で伝えられました。まだお若く、享年70歳でした。心よりお悔やみを申し上げます。

現代ではSNS経由で流行に火がついていくのが主流ですが、80、90年代は今とは違いSNSやスマホも普及してません。しかし、オサムグッズは登場するやいなや、そのおしゃれさに流行に敏感な若い世代が鋭く反応!

またたく間に、当時の女子中高生たちの必携アイテムとしての地位を確立。80年代後半には年商は20億円、年間販売個数は500万個を記録するまでの大ヒット商品に。

誰もが一度は目にしたことがあるはず。原田さんのお仕事たち

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原田さんは多摩美術大学を卒業後に、イラストレーションの造詣を深めるために渡米。70年に帰国し、女性雑誌『an・an』創刊号で作品を発表し、本格的に活動を開始。

英国の古謡『マザーグース』などをモチーフにした、原田さんの特徴あるキャラクター商品は「オサムグッズ(OSAMU GOODS)」として国内外で愛されており、老若男女問わずに今も高い人気を博しています。

原田さんが手がけたお仕事を一部ですが、紹介して参ります。

「オサムグッズ」と聞いて、ミスド(ミスタードーナツ)を連想される方は多いでしょう。ポイントを集めてもらえる可愛いマグカップやお皿が猛烈に欲しくて、ドーナツを食べまくって肥えてしまった人(筆者のように)も多いのではないでしょうか。

■ミスタードーナツ

出典 https://www.misterdonut.jp

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「ジグソートランプ」(1984年)

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「元気が出るBOX」(1986年)

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「パノラマタオル」(1996年)

ミスドのオリジナルグッズとして、オサムグッズは1984年から毎年のように展開されていましたが、2001年に惜しまれつつも終了へ。でも筆者の中では未だにミスドのグッズといえば、オサムグッズのままだったりするのですよね…

■日立「白くまくん(二代目)」

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日立のルームエアコンの総称である『白くまくん』は、現在七代目を数えるのですが、二代目のデザインを担当されていたのが原田さんです。

「初めて家にエアコンが届いたときのキャラクターがこれだった!」なんて覚え方をしている方も多いかもしれませんね。

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ちなみにこちらが現在オンエアされている「白くまくん」(七代目)です。

■カルビー『ポテトチップス』

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カルビー『ポテトチップス』のこのキャラクターも、原田さんの1976年時のお仕事ですね。

このキャラは通称“ポテト坊や”と呼ばれているそうですが、正式な名前が実はないんだそう。生誕40年にもなるのに、名前がないというのも驚きです。

■ECCジュニア

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ECCジュニアのロゴのキャラクターとしてもおなじみの可愛い男の子と女の子。こちらも原田治さんのお仕事ですね。

企業関連にとどまらず、原田さんの作品は多岐にわたるため、とても紹介しきれません。本記事を通して原田さんの作品に興味がわいたという方は、ぜひ公式サイトなどを参照に、お気に入りのグッズを見つけてみてくださいね!

2016年には40周年を迎えていた「オサムグッズ」

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昨年7月には40周年を記念して『オサムグッズの原田治展』が、東京の弥生美術館で開催。誕生から40年ということはコアなファン層となるのが、80年代のかつてのティーンエイジャー。現在ではアラフォー、アラフィフの女性達。

学校では文房具やお弁当箱に、家では雑貨、食器などで毎日のように顔を合わせていたオサムグッズ。時代の流れと共に少しずつ疎遠になってはいったものの、展示会でオサムグッズたちと再会した女性達の瞳は、かつて少女だった頃と同じようにキラキラ。同イベントは大盛況だったそう。

またこうしたイベントが開催されることがあれば、何としても足を運んでみたいものです。

青春を彩ったオサムグッズの生みの親、原田さんの訃報にSNSの反応は…

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「オサムグッズのトレイが欲しくて、ミスドのポイントカードをワクワクしながら削っていた」

※投稿者様の確認を頂いた上で引用

・「ミスドの景品がオサムグッズに戻るのを願ってたのに残念です。今までのステキなプレゼントをありがとうございました。」

・「原田さんイラストグッズは、今の時代でも通用するぐらいとても可愛いと個人的には思ってる。

・「中学生のころ、描いてる人は外国人に違いないと思うくらいオシャレで大好きだった。

・「ミスドのオサムグッズのお皿、お気に入りでいまだによく使ってる。

・「今はミスドの人として覚えられてるのがほとんどかもしれないが、あの頃の女子はオサムグッズで学園生活を彩られていたと言っても過言ではない。

・「寂しい。神様とコラボして、空に描いてほしい。」

※上記はSNSに寄せられていた声の一部です。

筆者も子供の頃、家にはオサムグッズがたくさんあり、ミスタードーナツでもらったマグカップを大事に使っていました。そして不注意で割ってしまったときのこともよく覚えています。

「もう手に入らないんだろうな」ということも寂しかったのですが、自分の日常にはいつもオサムグッズがあったわけで、それが失われてしまったという事実が本当に寂しかったのです。

また今回の件と直接関係はないのですが、原田さんの訃報が伝えられた際、筆者は漫画『ONE PIECE』の作者である尾田栄一郎さんが、コミックス25巻の作者コメント欄にて、こんなことを仰っていたのを思い出していました。こちらも紹介します。

「この巻収録の233話の扉絵が黒いのには理由があり、「しんがぎん」という、漫画仲間への追悼の意味で黒くぬった。

ある人が言うには、漫画家は死んでも、その人の生んだキャラクターが代わりに生き続けるのだという。

僕達は、幸せな仕事をしているのかもしれないと思った。(尾田栄一郎さん)」

出典『ONE PIECE』コミックス25巻より参照

読んでいない方には伝わりづらいかと思うのですが、『ONE PIECE』233話の扉絵は、珍しく黒で塗りつぶされていました。その理由は、尾田さんの漫画仲間で、かつて『週刊少年ジャンプ』で連載作品を発表していたこともある、しんがぎんさんがお亡くなりになったタイミングであり、その追悼の意味が込められていたのです。

その人の生んだキャラクターが代わりに生き続ける。"幸せな仕事”をしているのかも」という言葉。そう考えたら、ほんの少しだけ筆者は嬉しくなってしまいました。

「オサムグッズ」と共に時を刻んできた世代。その記憶が失われることはない

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原田さんのお仕事は、紛れもなく私たちの生活に「ちいさな幸せと笑顔」を運んできてくれました。そして彼が生み出したキャラクターやデザインは、オサムグッズと共に時を刻んできた世代の記憶に残り、いつまでも失われることはないのでしょう。

かつては子供だった世代が大人になり、親となり、今度は次の世代へと受け継がれ愛されていく。この先もそんなグッズであり続けてほしいと願います。

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