『命の授業』(腰塚勇人/ダイヤモンド社)は、ある男性が人生に絶望し、そこから立ち直った実話だ。本書には、私たちの人生を豊かにする気づきが書かれていた。

2003年3月1日、中学校の教師を務める腰塚勇人さんは妻とスキーに来ていた。腰塚さんは「スキー検定1級」を持っており、スキーにかなり自信があった。

しかし前日の雨のせいで、その日のゲレンデはカチカチ。徐々にスピードを上げて滑っていくと…「あっ!スピードオーバーだ!」と思った瞬間、コブに乗り上げ、身体が宙に浮いた。

まるでスローモーションのように雪面が近づき、後頭部から雪面に叩きつけられた。「バッキッ!!!」という恐ろしい音が聞こえ、人形のように斜面を転がり落ちた。

数十メートル転がって、やっと仰向けで止まった。ところが…体が動かない…。手足そのものの感覚がない…。

腰塚さんはすぐに救急車で病院に運ばれた。担当した執刀医は腰塚さんの妻に「一生寝たきり、よくて車いす生活になるでしょう」と宣告したそうだ。それから1週間経っても首から下は動かない。首に管が通され、しゃべることすらできない。

本書にはそのときの写真がある。腰塚さんの首にはコルセットらしきものが巻かれている。柔和そうな顔は悲しみに打ちひしがれており、この一枚の写真だけで腰塚さんの心境が痛いほど分かる。人生に絶望しているのだ。

みんなから「頑張って」って言われたけれど、もう十分に頑張っていて、これ以上、頑張れませんでした。「助けて、辛いんだ、わかってほしい」という気持ちで、いっぱいでした。

出典『命の授業』(腰塚勇人/ダイヤモンド社)

毎日どうやって死ぬか考えていた腰塚さん。ある日、舌を噛み切ろうとする。自殺を試みたのだ。しかし、痛くて噛み切れなかった…。

死ねませんでした…。本当は、生きていたかった。でも…、生き方がわからなかった。

出典『命の授業』(腰塚勇人/ダイヤモンド社)

絶望に暮れていた腰塚さんに生きる勇気と言葉をくれた人がいた。

妻「何があってもずーっと一緒にいるから…」

母親「代われるものなら代わってあげたい…」

仲間と生徒たち「先生、待っているから…」

200人もの人がお見舞いに来てくれた。

腰塚さんには、事故で死んだ教え子、そして病気で死んだ友達がいた。葬式で死んだ教え子や友達の分まで生きると誓ったのに、自殺未遂をした自分が情けなくなった。でも「優しさ」と「勇気」を大切な人たちからもらった。

それから入院中「今の全てを受け入れ、その全てに自分が責任を負い、全てに感謝する」ことを心がけた。

「誰がなんと言おうと、自分を最後まで守って、大切にしてあげられるのは自分自身」「自分自身を大切にできたとき、周りの人々も大切にでき、全てに感謝できるようになっていく」。

事故に遭い、自殺未遂をし、そして様々な人から励まされ、気づくことができた。

まったく動けなくても、「花」のように生きることはできるかもしれない…。

出典『命の授業』(腰塚勇人/ダイヤモンド社)

今の全てを受け入れ、どんなときも笑顔でいよう。どんなことにも「ありがとう」と言おう。腰塚さんはそう決めたという。

そこから奇跡が始まる。事故から10日後、全く動かなかった手足が少しずつ動くようになったそうだ。

しゃべれる喜び。(介助を必要としながらも)歩ける喜び。字が書け、おはしが使える喜び。「当たり前だ」と思っていたことに「感謝」と「喜び」を見つけた。

事故から4ヶ月後、とうとう待ち望んだ瞬間が訪れる。下半身の感覚はあまりなく、右半身はうまく動かないが、教師として復帰することができた。主治医に「首の骨を折って、ここまで回復したのは腰塚さんが初めて」と言わしめたそうだ。

本書には、絶望から立ち直った一人の壮絶な人生が書かれている。本書を読んで私はふと考えた。(果たして私が同じ状況に陥ったら、どのように生きていただろうか…?)。

想像してぞっとした。(きっと…なにもできずに毎日泣いて生きているかもしれない)。

体が動かないということは、人生を諦めても仕方ないほどの絶望だ。だからこそ本書から腰塚さんの生きる意志の強さを感じる。

未だに体が思うよう動かないものの、子どもが誕生し、今が人生で一番幸せと語る腰塚さん。絶望から立ち上がり、当たり前のことに感謝をすることで、今まで気づけなかった幸せを手にしたからだ。

本書を読むと、人生とは気づくことではないかと感じさせられる。他人の優しさに気づく。幸せに気づく。当たり前のようにやってくる毎日の素晴らしさに気づき、感謝する。私たちの日常には、幸せと気づきが無限大に広がっている。

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