記事提供:女子SPA!

鼻くそをほじるユカリちゃん/イラスト:こだま

【こだまの「誰も知らない思い出」その6】

自身の“愛と堕落の半生”を、ユーモアを交えて綴った『夫のちんぽが入らない』(1月18日発売)が早くも話題の主婦こだま。

彼女は閉鎖的な集落に生まれ、昔から人付き合いが苦手で友人もいない。赤面症がひどく、人とうまく話せなかったこだまはその日の出来事をノートに書いて満足するようになった。今はその延長でブログを続けている。

家族、同級生、教員時代の教え子、相部屋の患者。当連載は、こだまが、うまくいかないことだらけの中で出会った、誰も知らない人たちについての記録である。

◆知り合い以上

かつて受け持っていた生徒の結婚式に招待されるという人生初の儀式があった。

いつも仕事帰りに立ち寄るスーパーで会計を済ませようとしていたら、レジに立つ女の子に「先生、ですよね?」と突然声をかけられた。人違いではないだろうか。こんな若い子に覚えはない。

ふとエプロンの名札に目をやると、見覚えのある漢字が並んでいた。

「もしかして、ユカリちゃん?」

「そうです!」

私たちはカウンター越しに手を取り合い、周りの客の目も気にせずぶんぶん振った。先週から働き始めたばかりだという。速攻アドレスを交換した。

私のような人生終わりかけの人間が、目の前の可愛らしい女の子と知り合い以上の仲だとは到底信じられなかった。授業中いつも鼻くそをほじっていた子である。時に食べていたのである。こんなことがあっていいのだろうか。

その場を離れがたく、接客するユカリの様子を積み上げられたキャベツの陰から眺めていた。マナー講座のしおりのようなお辞儀の角度。手入れの行き届いた髪。清潔感のあるお化粧。どこから見ても完璧な大人の女性だった。

念のためしばらく観察していたが鼻くそはほじっていなかった。混乱したまま家に帰った。何度かメールのやりとりをするうちにユカリから結婚式の招待状が届いた。

懐かしい人たちがたくさん来るのだと思うと、足がすくんで式場になかなか入れなかった。私は彼女のいた学校から次の職場に異動したあと、学級崩壊を起こして精神が不安定になり、わずか一年で退職した。

子供や保護者らと噛み合わない自分がとても恥ずかしくて、情けなくて、家族にも話せないまま病んでいき、死ぬことだけを考えた一年だった。

退職してからは嘘みたいに落ち着いて呼吸できるようになったけれど、自分にはもう何もないという虚しさでいっぱいになった。

魂が抜けてしまった。学校で働いていたことも子供のことも全部忘れてしまいたかったけれど、最初に勤めた学校のことはやっぱり嫌いにはなれなかった。

どんな顔をして会えばいいのだろう。そうトイレでため息をついていたら、金髪のぎらぎらしたおねえさんがハイヒールを鳴らしてやって来た。

私の隣に陣取り、だるそうに化粧を直し始めた。なんだか怖いな。早くここを出よう。そっと立ち去ろうとしたその時だった。

金髪が突然「先生!」と両手を伸ばして抱きついてきた。目の前で起きていることがにわかに信じられなかった。私は強面の金髪とも知り合い以上の仲だった。

むかし親切にしてくれたお父さん達は相変わらず気さくに話しかけてくれた。引き算の全くできなかった女の子がお札をパチパチ弾いてお釣りを渡している。クラスで一番背の低かった男の子が180センチを超えていた。

生徒たちは全国各地に散らばっているが、盆と正月には毎年集まっているらしい。会場の人々の顔や仕草を眺め、会話をひとつひとつ拾っているうちに気が付くと涙がぼろぼろ溢れていた。

照明が消え、重厚なドアが開いた。白無垢に身を包んだユカリが目を大きく見開いている。これは緊張したときに出る癖だ。小学校時代から変わっていない。

スポットライトを浴びた新郎新婦がゆっくり歩幅を合わせて着席するころには、私の化粧がすっかり剥がれ落ちていた。

※当連載は、同人誌『なし水』に寄稿したエッセイ、並びにブログ本『塩で揉む』に収録した文章を加筆修正したものです。

女子SPA!のおすすめ記事】

権利侵害申告はこちら