あまり知られていないが、江頭2:50は芸能界きってのシネフィル(映画通)である。ラジオ番組では映画批評コーナーを持ち、映画本を出版した経験もある。

最新作から名作に至るまで鑑賞範囲も広い。映画を語らせたら芸能界の中でもかなり上位の知識量と批評眼を持っているといえるだろう。

そんな江頭2:50の『映画秘宝』誌で行ってきた、最新公開作の感想を語る連載をまとめ、書き下ろしを加えた一冊が『江頭2:50のパニック・イン・エィガ館』(洋泉社)である。

シネフィルらしい深い洞察力と型破り芸人らしいぶっちゃけが同居する映画論の枠を超えた文章に戦慄すること間違いなしだ。

テレビ界に数々の伝説を残してきた江頭2:50だけあって、目次のタイトルが既に尋常ではない。

「エィガで知る北朝鮮」で取り上げられるのは北朝鮮の諸問題をテーマにした社会派作品群だが、北朝鮮に渡った経験もある江頭の感想は説得力がありすぎる。

たとえば『クロッシング』を観ると過去、北朝鮮で学生相手に体を張って笑いを取った経験を思い出しながら、「イイ気になってた」自分を反省する。

真面目な話、これ観たとき「お笑いは無力だな」って思ったよ。(中略)北朝鮮で貧しい暮らしをする人に対して、お笑いは何もできない無力感を痛烈に感じて悩まされたぜ…。

出典『江頭2:50のパニック・イン・エィガ館』(洋泉社)

「俺の好きなエィガを汚すな!」や「糞エィガに物申す!」では大ヒット作だろうとアカデミー賞受賞作だろうと批判を厭わない。

しかし、それは安易なリメイク作品が量産される世界的な傾向や、流行や名声に乗って持てはやされているスター達に一石を投じているのである。江頭の批判には裏を返せば映画愛が垣間見えるので、好きな作品を貶されても不快に感じる読者は少ないだろう。

そして、江頭2:50の代名詞といえば暴走に尽きる。台本無視で暴れまわる江頭を何度もブラウン管の向こうで見てきたが、本書でもそんなサービス精神は旺盛だ。

『マッドマックス 怒りのデスロード』を鑑賞し、テンションが上がった江頭は頼まれたわけでもないのに、稽古場でオナラに着火させて炎を噴射する写真を命がけで撮ってくる。編集部もドン引きの一枚だ。

インドネシアで起こった大虐殺を題材にしたドキュメンタリー『ルック・オブ・サイレンス』の感想では、江頭が本庄保険金殺人事件の渦中に殺人犯とスナックに行った一部始終が語られる。もはや江頭の人生が映画並みにドラマティックすぎる。

挙句の果てが『GODZILLA ゴジラ』の感想で語られる驚愕エピソードだ。無名時代の江頭がローカル番組に出演したとき、映画PRにやって来たゴジラと対決することになった。そのとき、江頭はゴジラの後ろに回って…。結末は本書でお確かめいただきたい。

本書を読み進むと分かるのが、江頭が好む映画とは「男がケジメをつける」内容だということだ。

『トラック野郎 度胸一番星』『ニューヨーク1997』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』など江頭が殿堂入りに挙げるのも男臭い映画ばかりである。

安定した芸人生活に背を向け、常に伝説を残すことを考え続けてきた男として、不器用なアウトローの姿にこそ感情移入ができるのかもしれない。

江頭2:50は女性を中心に生理的嫌悪を抱いている人も多い芸人だ。それはお下品ワードを小学生のように連発する『メビウス』の感想のような下ネタが芸の中心にあるからである。

しかし、本書全体を見渡せば、確かに制御不能な毒舌や暴走サービストークこそあれども、基本的な語り口には作り手をリスペクトし、読者に興味を抱かせるような真摯さが見てとれる。

そんな「優しい江頭2:50」が目撃できるだけでも、本書は新しい伝説を刻んだといえるだろう。江頭を敬遠してきた人ほど手にとってほしい映画本だ。

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