記事提供:LITALICO 発達ナビ

娘の診断をきっかけに、42歳でアスペルガー症候群と診断された私。障害者として生きていくと決めたのは45歳のときでした。

障害者として生きていくためには、様々な手続きが必要なのですが…。

成人後に、障害者として生きるということ

私は娘の診断をきっかけに、42歳のときにアスペルガー症候群と診断を受けました。

その後、45歳の時に仕事先で障害をカミングアウトしたところ、大失敗。

失意の中で退職するにあたって、「もう、一般就労でこれ以上傷つくのは無理。これからは障害者就労を目指して障害者として生きよう」と決意しました(このときのエピソードは、以下関連記事をご参照下さい)。

しかし、アスペルガー症候群と診断されてからまだ3年目です。まさか自分に障害があるなんて思ってもみなかった私が、障害者として生きていくことは、想像以上に苦しみを伴うものでした。

大人になってから発達障害と診断された方の中には、私のような体験をする方もいらっしゃるかもしれません。

「こんな気持ちになることもあるんだ…」と、心の片隅に置いていただければ幸いです。

障害福祉サービスを申請するステップ、それは自分自身と向き合うことだった

診断後、障害者向けのサービスにはどんなものがあるのか?調べてみることにしました。

障害福祉サービスを受けるためには、いろいろな機関とつながる必要があります。まず私が頼ったのは、障害者自立生活センターでした。

このセンターを知ったのは、娘の不登校でお世話になっていた親の会がきっかけでした。

親の会で出会ったのが、障害者自立生活センターの相談員さんだったのです。もしこのご縁がなければ、まずどこに相談したらいいのかわからなかったかもしれません。

後で知ったのですが、各市町村には相談支援事業所があり、そこが最初の窓口になることが多いようです。

障害者自立生活センターの相談員に付き添われ、ハローワークに障害者として登録し、地域の障害者就業・生活支援センターに相談に行きました。

そして、障害者就業・生活支援センターの相談員と一緒に障害者職業センターに行き、ジョブスキルトレーニングを受けつつ、合間にカウンセラーと一緒に自分の障害特性をまとめました。

障害特性の中でも、仕事に就く上で困難さにつながるものについては、自分でどう対処するのか?企業にはどのような配慮を求めるのかを、まとめるのですが、この作業は心理的にとても苦しかったです。

それはまるで、「自分はこんなにもできない人間だったのか」と突き付けられている感覚で、今までの人生を否定されたような気持ちになったこともありました。

訪問調査では、自分の家事能力まで明るみにされ…

あちこちに足を運ぶ生活をしながら、障害福祉サービスを受けるために訪問調査も受けました。

訪問調査では、何度も相談に乗ってもらっていた障害者自立生活センターの相談員が担当だったので、安心していました。

しかし、ホッとしたのも束の間。長時間の面談の中、自分の弱点を見つめざるを得なかったことは、精神的にかなり堪えました。ぐちゃぐちゃの冷蔵庫や押入れには、目をつぶって生きてきた私。

働く主婦として、なんとか子どもも育ててきたけれど、自分の家事能力の無さに今更ながら愕然とし、落ち込みました。

医師にも「今まで、よく頑張ってこられましたね」と言われましたが、まさにそういう気分だったのです。

あきらめる人が多いと聞く、「障害年金」。その理由に納得

そんな日々の中、相談員さんと「え、障害年金もらってないんですか?」「え、もらえるんですか?」というやり取りがあり、障害年金の手続きをすることになったのですが…その手続きも、私にとっては地獄の苦しみでした。

障害年金の手続きには初診証明が必要なのですが、私のように40歳を過ぎて発達障害と診断された場合、精神科に初めてかかったのが20年前というケースもザラにあります。

病院が廃業している・カルテも無い、ということも多く、初診証明を取るのが大変なのです。

また、成人の発達障害についてきちんと理解している医師も少ないので、適切な診断書を書いてもらうのにも一苦労。

こうした現実に、諦めてしまう人が多いのも納得です。

私は最初に社会保険事務所に行ったときに「これはダメだ…」と思い、手続きを社労士さんに依頼したので、まだ苦労はしていないのかもしれませんが、昨年の5月に依頼し、度重なる打ち合わせを繰り返したものの、未だ受給の目途はついていません。

ちょっと心が折れそうです。

7ヶ月続いた、“障害者になる”ための手続き。その結果…

こうして、障害者として生きていくための手続きに奔走した生活が、7ヶ月程続いたあたりから、日常的に微熱が出るようになり体が動かず、寝てばかりの日々が続くようになりました。

頭痛・吐き気といった、私がストレスを受けると現れる症状も頻繁に出てきました。今振り返ると、あのときの状態は鬱そのものだったような気がします。

薦められた発達障害専門の就労移行事業所も、「行かなくては」とは思うのですが、「本当は行きたくない」「もうイヤ」という気持ちがあり、結局体調不良ということで1度も正式には通うことはありませんでした。

「就労移行の話は白紙に戻したので、ゆっくりしてください」と支援者に言われてから、だんだんと体調も気持も立ち直っていったような気がします。

初めて自分の発達障害と向き合ってみて、わかったこと

支援を受けるようになってから、私は自分の発達障害特性が強くなったような気がしていました。

だけどそれは、初めて「発達障害である自分」としっかり向き合ったからではないかと思います。

先にご紹介した障害福祉サービスを受けるための聞き取り調査や、障害者職業センターでカウンセラーと振り返った自分の特性のまとめ、そして自分への理解を深めるために発達障害について学習したこと、そうしたことが重なって「これも自分の発達特性だったんだ」と意識するようになったのだと思います。

診断がつく前は、無意識に「人並みに頑張ろう」と無理を重ねて頑張り、結局空回りしていたような気がするのです。

そして、「どうして私はいつも上手くいかないのだろう…」と悩み続けていたのですね。

“障害者になる”ための作業を進めるにあたって、辛いこともいっぱいありましたが、自分はどれくらいのことなら無理なくできるのか、休んだ方がいいという心や体のサインにも気づくことができました。

それはまるで、等身大の自分と出会い直している気分です。

娘のために、幸せになることをあきらめない

現在、本格的に福祉の支援を受けるようになりましたが、まだ就労の問題は全く進んでいませんし、年金の行く末も不安です。

だけど、私は幸せに生きる権利がある。

そして、娘のためにも幸せに笑っていたい。

いつか同じ障害を持つ娘も歩むだろう道を、照らせる存在でありたい。

だから私は、あきらめません。

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