映画「「ハリー・ポッター」シリーズ後半から登場し、その不思議ちゃんぶりで人気となったルーナ・ラブグッド。そのルーナ役を演じたのが、女優・イヴァナ・リンチさんです。

もともと「ハリー・ポッター」の熱狂的ファンだったというリンチさんは、これまでも「ハリー・ポッター」のファンとの交流を大切にしてきました。

2017年にもルーナ役の女優としてファンと交流するコンヴェンションが予定されていますが、これが終わったら「アーティストとしての幅を広げるため」コンヴェンションの活動をしばらく休み、ルーナとしての自分と一度離れる決意を自身のInstagramに綴りました。

Instagramには「時に人生では、貪欲に夢を追うことを鈍らせるような楽な道が与えられることがあるわ。そこは快適で安心で、それを捨ててまで何かをすることが怖くなっちゃうような」と今の自分について語りました。

「10年前から私が暮らしてきたこの世界、ここを出ることで得る不安がきっと私には必要なの。この不安が、アーティストとしてのお尻に火をつけてくれるはず」と大好きで居心地の良い場所からあえて飛び出し、さらなる創作活動の幅を広げたという思いを綴りました。

「これで言い訳ができなくなるわ。不安に打ち勝って、本当の自分の心に従うの」という力強いコメントは、世界中で定着したルーナとしてのイメージを払拭し、新しい挑戦に挑もうという強い思いがにじむものでした。

役のイメージからの脱却

同じく「ハリーポッター」に出演していたエマ・ワトソンも、以前はハーマイオニー役からの脱却に苦しみ、『何を演じてもあの時を超えられない』と引退も考えていたことを、2013年発売の「Entertainment Weekly」のインタビューで告白しています。

そして、インポスター・シンドローム(詐欺師症候群)だったこと、褒められば褒められるほど『わたしはそんな資格なんてない』『運が良かっただけ』と思い込んでしまっていたことも告白。子供の頃から世界的大ヒットした映画に出演していた故の、苦しみと言えるでしょう。

安達祐実、古谷徹、役のイメージに葛藤した人たち

日本でも、子役として大ブレイクした安達祐実さんが、子役時代の役柄のイメージからの脱却に苦労した一人です。

「同情するなら金をくれ!」のセリフが印象的だった日本テレビ系ドラマ「家なき子」は空前のヒットとなりました。しかしその後、いくつになっても当時のイメージを求め続けられていた安達さん。

そのイメージを払拭すべく、2013年にはセミヌードも収録された安達祐実写真集『私生活』を発売。また「今までの安達祐実を、すべて壊す決意で臨みました」と語る映画「花宵道中」では、オールヌードで濡れ場も演じました。

私を幼いころから見てくださっているかたたちが、いつまでもかわいく清楚であってほしい、と望んでいるのも知っています。以前はファンの皆さんが求めていることをしなければ愛されないと思っていた時代もありました。

でも一方で、女優としては尖った役も演じたい。子役時代のイメージに捉われないで私を見てもらうにはどうしたらいいかと、ずっとジレンマを抱えてきたんです

出典 http://www.news-postseven.com

また、声優の古谷徹さんは、あまりにアムロの声のイメージが浸透し過ぎてしまい、大人の役、用がの吹き替えなどのオファーを受ける機会が減ってしまったと、フジテレビ系「ノンストップ」で語っています。

そのため、「ONE PIECE」のオーディションは名前を伏せて参加。見事、それまでのイメージとは違うサボ役を勝ち取りました。

あえて役名を芸名にする人も

役のイメージを払拭したい方がいる一方、あえて役名を芸名にする方も。2015年公開の映画『ソロモンの偽証』で主演を務めた藤野涼子さんは、デビュー作品の役名がそのまま芸名となった一人。

私は『ソロモンの偽証』で育ててもらった。撮影中は苦しかったこと、楽しかったこといろいろあったけど、人間は時間がたつと忘れてしまう。その気持ちを忘れたくなかったので藤野涼子という名前にしました

出典 http://www.tokyo-sports.co.jp

実はこのパターンは意外に多く、女優の河合美智子さんもデビュー作である映画『ションベンライダー』での役名がそのまま芸名になりました。

また、三國連太郎さんもデビュー作「善魔」での役名が、そのまま芸名となった一人。三国さんはこの名前を深く愛していたようで、2013年に亡くなった際にも、遺言で戒名はつけず、永遠に「三國連太郎」となりました。

また、芸名を役名にしてもらった人もいます。それは松田聖子さん。もともと歌手としてデビュー予定だった松田さんですが、デビュー前に出演した日本テレビ系ドラマ「おだいじに」で、あえて役名を芸名となる「松田聖子」とつけてもらったのです。

松田さんは、デビュー当時は事務所のイチオシというわけではなく、どちらかというとあまり力を入れてもらっていませんでした。ドラマの役名となることで、多くのに名前を覚えてもらえる機会となるからかもしれませんね。

役のイメージを超えたその場所に

あまりにもその役の印象が強烈に残ってしまうと、そのあとに苦労する方は多いようです。日本では四半世紀に渡って寅さんを演じてきた渥美清さんは「寅さんのイメージを守ること」と「役者として様々な役を演じたいという欲求」の間で葛藤していたといい、同作の山田監督は「いつか寅さん以外の役をやらせてあげたい」とずっと思い続けていたそうです。

渥美さんは、生前出演した番組で「寅さん」について、こんな風に語っています。

スーパーマンが、撮影の時に見てた子供達 が、「飛べ飛べ、早く飛べ!」って言ったって言うけども、スーパーマンやっぱり2本の足で地面に立ってちゃ いけないんだよね。だから寅さんも、黙ってちゃいけないんでしょ。24時間手振ってなきゃ。ご苦労さんな こったね。飛べ飛べって言われても、スーパーマン飛べないもんね。針金で吊ってんだもんね・・・。

出典NHK「クローズアップ現代『寅さんの60日』」1995年12月11日(月)放送

また、エマ・ワトソンは、米国版エル誌2014年4月号で、当時23歳になっているのに「ハリポタシリーズのハーマイオニー」と呼ばれると語り、「大人になってからデビューした女優に嫉妬してしまう」とその思いを吐露していました。

ヒット作に恵まれるというのは、とても幸せなことであると同時に、そのイメージとのギャップを払拭し、新たな一歩を踏み出すのは容易なことではありません。

けれど、それを見事にやってのけ、新しい魅力をみせてくれる人々や、それをあえて受け止め全うする人々、どちらも自分で乗り越えた人の持つ輝きを感じますね。

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