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前回お送りした『後輩たちに受け継がれる、SMAPが蒔いた“種”』に続く、SMAP連載第21弾。2016年12月31日、中居正広がレギュラーラジオでSMAPとしての最後の言葉を語り、SMAPは解散した。

そして年が明け、ベストアルバム『SMAP 25 YEARS』が早くも90万枚を超えるセールスを記録する中、中居から届けられたメッセージにはある曲名が織り込まれていた。音楽を、歌詞を大切にする彼だからこそ、そこに込められた想いとは――。

中居のメッセージに織り込まれた、1996年の曲「それじゃまた」

その曲は、こんなフレーズから始まる。

“信じてると 夢はかなう それは あやしい”

アイドルなのに、こんな現実的なこと言っちゃって大丈夫かな。最初にこの曲を聴いたとき、そんな風に一瞬面食らった。でも繰り返し聴いていくうちにとてもSMAPらしくていい曲だと思った。

SMAPの8枚目のアルバム『SMAP008~TACOMAX~』は、『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)がスタートする直前の1996年3月3日にリリースされた。

当時、SMAPのアルバムは数字にちなんだタイトルで統一されていたので、8枚目であることをタコの8本の足と引っ掛けていたのだろう。

ジャケット写真は6人が6人とも白の上下で決めていて、森且行の足に、ロボットみたいな金属製のタコの足が絡まっているアートワークもシュールでカッコ良かった。

冒頭で紹介したフレーズは『TACOMAX』に収録された「それじゃまた」という曲の一節だ。

SMAP解散の日、すべての想いが届いていたことを語る

年が明けて、SMAPのメンバーからの直筆のメッセージが公式サイトで公開された。

それぞれに個性的な表現でファンへの感謝を伝えているのだけれど、中居正広のメッセージに、SMAPの曲のタイトルが含まれていることが、なんだかとても嬉しかった(正確には、最後に小さい「っ」が入っているが)。

個人としての活動はこれからも変わらない。でもSMAP5人で歌うことは(少なくともしばらくは)ない。

中居は、12月31日のラジオ『中居正広のSome girl'SMAP』(ニッポン放送/7日より『中居正広 ON&ON AIR』に変更)で、メンバーの名とグループ名を呼んでから、最後に「じゃあねー、バイバーイ!」と絶叫した。

きっとそれは、SMAPとしての活動につけた一つの区切りで、最後にラジオからは、SMAPのデビューシングルのカップリング曲である「SMAP」が流れた。この曲は、SMAPが結成された1988年に発売された清涼飲料水『SMAP』のCM曲だ。

デビューより前の結成当時の思い出の曲を、SMAPとしてのラジオの最後に持ってくるところは、いかにも音楽をとても大事にする中居らしいと思った。

最近では、2012年の『GIFT of SMAP CONCERT』で歌われた曲で、当時の映像とともに、この曲を歌う5人の表情がとても照れ臭そうで、でも嬉しそうで。

ある時期からのSMAPは、どんな曲でも一流のエンタテインメントに仕上げることができるのだなと興奮したことを覚えている。

中居のラジオがいつ収録されたものなのかは不明だが、29日に稲垣吾郎のSMAPとしての最後のラジオが終了し、翌30日は2017年もタイトルにSMAPの名を残すことになった木村拓哉のラジオの年内最後の放送があり、31日に中居は、「神様は僕にこの31日という(SMAP解散の)日を、どういう意味で与えてくれたのかなぁって」とボヤきながら、ポツポツと解散について語り始めた。

デリケートな時期が続きすぎて、丁寧にやろうとして考えすぎて麻痺してしまったこと。自分を肯定するために、人のことを悪く言ったり、嘘をついたりはしたくないこと。今まで習ったことのない1年だったこと。人間の真価を問われる1年だったこと。

誰も悪くないこと。メンバーはこの1年、SMAPを最後まで立派に務めたこと。労いとか、お褒めの言葉をかけてあげて欲しいこと。

署名運動も、「世界に一つだけの花」購買運動も、ベストアルバムに投票してくれたこと、9月9日のデビュー25周年に各地でイベントを行ったこと。新聞の広告欄にメッセージをくれたこと、それらの想いが、全部届いていること。

ベストアルバムの選曲、区切りの日に心を通わせることができた

ベストアルバム『SMAP 25 YEARS』にランクインした曲についても、「SMAPを、僕は一番近くで見てますし、一番肌で感じてますし、SMAPファンでもある僕としては、みんなとほぼほぼ変わらない選択だったかなって」と話し、“みんなと気持ちは一緒だよ”ということを、別の表現で伝えてくれた。

人生で、誰かと心を通い合わせることが、一体何度あるだろう。SMAPはスターで、現実の彼氏でも夫でも王子様でも家族でも何でもないけれど、でも、こうして音楽で、心を通わせることができた。

それは、SMAPと出会って、SMAPを心から愛し、想ってきた人たちの特権である。

悲しいし寂しいし無念だし、まだ納得はいかないけれど、でも、とりあえず気持ちに区切りをつけなければならない日に、大好きな人と心を通わせることができたことは、ファンにとっての救いであり幸福であり祈りであり希望になったと思う。

“通常運転”の安心感と、歌詞に込められた気持ち

元日には、草なぎ剛と香取慎吾のラジオ『ShinTsuyo POWER SPLASH』(bayfm)が、いつもと変わらないゆるさでオンエアされ、彼らの“変わりながら変わらずいられる”得意のポーズに出会えて、安心できた。

中居は、『ザ!世界仰天ニュース』(日本テレビ)の4時間スペシャルでも、マシュマロキャッチが得意だというゲストに、「草なぎは14個できます!」などと話したり、こちらも通常運転だった。

年末のラジオで、中居は、「(2016年はメンバーにとっても)習ったことのない1年」で、“いっぱいいっぱい迷惑をかけすぎちゃった”ことを反省し、悔やんでいるようだった。

でも、「それじゃまた」の歌詞には、ムダな努力はやっぱりムダだけど、でも何か残るものがあるはずだし、2つ3つバカをみても続けてたいから、やるだけやったと気がすむ日まで続けるだけ、とある。

1997年、ライブ『SMAP 1997“ス”』で香取は、「それじゃまた」の自分のソロパートを歌いながら涙していた。

その理由を彼は自著『しんごのいたずら』で、亡くなった祖母が、横浜スタジアムで香取が祖母のために用意していた席に座っているのが見えたためだと説明していた。

中居「どうしてこの言葉を選んだのか?」、答えは曲の中に?

2011年に『カミスン!』(TBS系)という音楽番組が始まったとき、インタビューで中居は、「音楽については詳しくないから。素人目線での質問になっちゃうかもしれないけれど、歌詞は気になります。どうしてこの言葉を選んだのかな、とか」と話していて、実際、番組でも歌詞について質問することが多かった。

だから、今、敢えて「それじゃまた」という言葉をチョイスした彼の心は、この曲の歌詞の中にあるのではないかと思っている。

“結果がどうであっても 参加することに意義があると信じ”

彼ら5人が歩んでいるのはいつも、誰も教えてくれない、誰も導いてくれない道である。ファンもまた、5人をそっとしておきたいけれど、でも終わらせたくないという思いで、習ったことのない道を進んでいる。

ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランは、「友よ、答えは風に吹かれて」と歌ったが、歌手であるSMAPにとっても、未来の答えは曲の中にあるのかもしれない。

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