2時間、みっちりと膝を合わせて、真剣に向き合ったインタビュー取材でしたが、僕が言ってない言葉を、僕の口調で、しかもタイトルとして使われて、また、アクセス数を稼ぐ為だけに選んだ言葉(「僕が妬ましいからでしょ」)に、2ちゃんねらー的なセコさと下品さが見えて、仕事相手としてはモーレツに気持ちが悪かったので、記事を取り下げていただき、連載も白紙、すべてお蔵入りにさせていただきました。

実は今回の記事がアップされる前には原稿チェックをさせてもらっていて、「こういう言い回しは辞めてください」「僕の発言を自作するのはやめてください」とお願いしていたのですが、アップされた記事にはそれが反映されておらず、完全にアウト。

僕は一人で生きているわけではなくて、僕のまわりには相方もいますし、スタッフもいます。

そして、相方やスタッフには家族がいます。

僕に何かがあった場合には、そこにシワ寄せがいってしまうわけです。

僕は独身なので食いっぱぐれても平気ですが、フリーで活動しているスタッフや、出産を控えたスタッフ、老いた母の面倒を看ているスタッフは、そうはいきません。

梶原だって、子供を4人も育てています。

僕は僕の発言には全て責任がとれますが、《他の誰かが作った僕の発言》の責任は、とることができません。

編集部さんの都合で、ライターさんの都合で、発言をカットされるのは構いませんが、ゼロから作られてしまうと困ります。

僕が悪く批評される分には、(…まぁムカつきますが)構いません。

そして、僕の発言が、ド素人のネット民によって歪曲される分には構いません。

質問された時に、「あれは、そういう意図で言ったのではなくて、僕の発言を暇な奴が歪曲したのです」と返せるので。

しかし、僕の発言を歪曲したのが、同じ現場にいたプロの仕業となると、話は変わってきます。

それは、『西野の発言』となってしまうからです。

今回のことで、吉本のマネージャー陣とプロモーション部をきつく叱りました。

《許される編集》と《許されない編集》ぐらい見極めなさいよ、と。

そもそも、原稿チェックで直しを入れた文章が、なんでまた直されてんの?と。

プロモーション部の人間は「先方さんには悪気はないんです」と言っていましたが、悪気がないなら尚更。かなり重症だと思いました。

つまり、アクセス数の都合で、ベージ数の都合で、編集の都合で、インタビュー相手の発言をゼロから作り出してしまうことが習慣化されているわけです。

インタビュー相手を、役者のように扱い、自分が書いた台本を演じさせているわけです。

ときどき、誘導尋問のようにインタビューをして、自分が書いてきた台本に落とし込もうとするインタビュアーさんがいらっしゃいますが、あれも、そう。

そんなに台本を書いて、そんなに役者のように他人を動かしたければ、映画監督にでもなればいい。

もったいないと思います。

せっかく膝を合わせて、せっかく、どこに着地するか分からない『会話』をしているのだから。

作られた『台本』も面白いですが、いやいや『会話』だって面白いです。

会話を引き出して、言葉が足りないと思ったら、その時は「」の外で、自分の言葉で補えばいい。

インタビュアーが会話を否定して、どうすんの。

仕事がルーティーンになってしまうと難しいのかもしれないですが、会話にルーティーンなんてないから。2度と同じ会話は、やってこないから。

今回は、とても真剣に話を聞いてくださっただけに、この仕上がりは非常に残念でした。

ただ、こうして僕を取り上げてくださろうとしたことには本当に感謝しています。

ありがとうございます。ごめんなさい。

ちょうど、取材内容が「常識を疑え」「自分の道を歩け」的なことだったので、これを僕からの返事とさせてください。

もし、また、ご一緒させていただく機会があるならば、今度は気持ち良い仕事がしたいです。

西野。

コチラの仕事はキチンと『会話』をさせていただきました。

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