現在小学1年生の長男がADHDと診断されたのは、5歳の年中の時です。今でこそすべてを受け入れ楽しい毎日ですが、“発達障害かもしれない”とモヤモヤ悩んでいた時期の心の葛藤は相当なものでした。

■多動?それとも年齢のせい?

長男は1歳の頃から元気でした。

とても元気で、本当にとっても元気で、尋常じゃなく元気で、周りの誰より元気で、活発すぎてびっくりしちゃうくらいの子でした。

よく児童館へ遊びに行っていたのですが、

体操や手遊びには一切参加せず、

制作活動にも参加した試しはありませんでした。

でも不思議と我が子に対して“周りと同じことをやってほしい”という気持ちはなく、むしろ“みんなと同じことをしない少数派なんだな”と妙に納得していた私もいました。

ただ、静かにするべき時に騒ぎ、座るべき時に走り回る長男の行動に、困ることは多々ありました。

もともと発達障害の知識を少し持っていたこともあり、“もしかして”という気持ちがなかったわけではありません。

でも、自分の子が発達障害かもしれないという現実は、その頃の私には簡単に受け入れられるものではなく、

「どうか元気すぎるだけでありますように。」

と、どこぞの神様に夜な夜な願ったりしたものです。
(いきなりお願いされた神様は迷惑だったに違いない)

■ところがついに言われてしまった

2歳検診のことでした。

長男の落ち着きのない行動を見た保健師さんからついに「落ち着きがないようですね。専門家の先生と話してみますか?」と言われてしまいました。

そのストレートなセリフはあまりに鋭く、針のように私に突き刺さりました。

専門家と相談することは、発達障害確定を意味するものだとばかり思っていた私の心は保健師さんからの言葉をかたくなに拒みました。

まだ年齢のせいかもしれないのに、相談したら決めつけられてしまう!

そんな気持ちが波のように打ち寄せ、涙をこらえながら「もう少し様子を見てみます」というセリフを絞り出すのがやっとでした。

■でもやっぱり

専門家との相談を見送ってはみたものの、長男が2歳の頃は、ちょうど次男が生まれ、慣れない2人育児にアタフタしていた育児てんてこまい絶頂期でした。

しかもその頃の長男は、1日に何度も癇癪を起こす難しい時期で、私は本当にヘトヘトでした。

触ろうと思った猫に逃げられただけで大泣き。
踏切があるのに電車が見られなかっただけで大泣き。

こんなふうに、思い通りにならないとパニックに近い癇癪を起こしました。そしてそれは1日に何度も訪れ、1回大泣きすると1時間以上泣き続けるので、この頃の私は体力も気力もすり減る一方でした。


あれ?周りのママに比べて、私大変すぎやしないか?
いや、被害妄想かな。
でもなー、大変なんだよなぁ…、やっぱりこの子は…

“発達障害かもしれない”

そんな気持ちが私の脳内を占め始めてきました。

しかし、どうしても気持ちの整理がうまくいかず、専門家との相談に至ることができませんでした。

■かすかな期待をよそに

心身ともに疲れていた私は、その頃一時保育を利用していました。

その保育ルームは「ママのリフレッシュのためにも利用してください」と謳っていて、当時の私にはまさに救世主な存在でした。

私の休息のためでもありましたが、もしかして私から離れた場所だったら長男の行動も落ち着くのでは…というかすかな期待もあったのです。

しかし、そんな期待もむなしく、そこでも落ち着きのなさが見られました。

・友達を叩く
・注意すると癇癪を起こす
・泣き始めると長い

迎えに行くたびに伝えられるのは、必ずこの3つでした。

■保育ルームの先生に思い切って聞いてみた

「専門家に相談すべきなんでしょうか…?」

すると保育ルームの先生はこうおっしゃいました。

「息子くんは、他の子と“持ってる引き出し”がちょっと違うだけなのよね。
でも、これから幼稚園・小学校と上がった時に、先生や周囲から理解されないと、もしかしたら怒られる対象になってしまうかもしれない。
それはとても可哀想よね。
専門家の先生に相談することで、何かいい対応を教えてくれるかもしれない。
そしたら、息子くんもママも、ラクになるんじゃないかな。」

…すとん。


私の中で何かが落ちました。

「落ち着きがないから相談したら?」という意味では、以前保健師さんに言われた内容と同じはずなのに、保育ルームの先生からのこの言葉は温かく心に沁みて、すぅっと私のなかに吸収されていきました。

そうか。そうだよね。
長男のために。

そして私のために。

■気持ちが前向きに

「専門家に相談=発達障害児確定」という勝手な方程式と、かたくなになっていた意地のようなものが、保育ルームの先生の言葉のおかげですっかりなくなりました。

何を悩んでいたのだ私!
1番に考えるべきは息子のことだったではないか!
相談は、息子の未来を辛いものにさせないための入り口だったのに!
もし発達障害だって決まったても、なんだっていうんだ、息子は息子。
たいしたことじゃないのに!


私がずっと抱いていたモヤモヤがなくなったことで、気持ちがとても前向きになりました。

そして、専門家に相談という、長いこと私の前に立ちはだかっていたドアを叩くことができたのです。

この時保育ルームの先生からいただいた言葉は、今でも私を温かく包み、お守りのような存在になっています。

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アホ男子兄弟を絶賛育児中。
男子のオバカ行動が全部大好物。
ADHD長男の持っている力と、お調子者次男の世渡り上手な力を日々観察しながら、珍行動を楽しんでいます。
【ブログ:『アホ男子牧場』http://ameblo.jp/hunny-723/

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