離乳食、幼児食。いろいろやってきました。

うちの息子は生後すぐから完全母乳で、しかも哺乳瓶も拒否の「直母」派でした。

そのため、人に数時間預かってもらうためには、「離乳食をよく食べる」ことが条件だったんです。

後6ヶ月の時に、初めて預かってもらったファミサポさんには、白粥、野菜スープで炊いた粥、ベビーフードの有機米粥など、できるかぎりの可能性を考えてお渡ししました。

そのファミサポさん、小学生の姉弟を育てる元保育士さんという高スペックな方だったのですが、お迎えに行くと「すみません、ベビーせんべいしか食べませんでした…!!」と無念そうにお粥各種(格闘の形跡有り)を返してくださいました。

いやもう逆に、おやつ用にと入れておいたベビーせんべいが足りなくてすみません、と申し訳ない気持ちになりました。

離乳食を進めていく中で、息子はアレルギーの心配があったので、小児科の先生と相談しつつ、慎重にステップアップしていました。

その頃から息子は「一時保育」で週に2~3回保育園に通うようになったのですが、一時保育なのでアレルギー食の対応をしてもらえず、毎回弁当持ちでした。

まー、これが難しくて大変で。離乳食のお弁当を週に2~3回って、メニューも限られてくるし、食べなかったらお腹空かせてかわいそうだし。

保育士さんに相談すると、メニューの参考にと、給食の献立表をくださいました。

これがものすっごい助かる!!メニュー考えなくてよかったですし、「こんなものも食べられるんだ」と勉強になりました。

それからは、「給食のメニューに近いお弁当」作戦、スタート。

先生方も配慮してくださって、弁当を給食の食器に移し替えてくださって、「お友達と一緒のものを食べてる」感を出してくれました。

おかげで、息子はみんなと一緒に、モリモリ食べるようになって。

空っぽのお弁当箱を洗うのは、とても嬉しかったです。

その後息子は1歳9ヶ月から認可保育園に正式に入園することになり、同時にアレルギーの問題もクリアしたので、給食も食べられるようになりました。

そこからは、露骨に、なんでもモリモリ食べられるようになったんです!

…保育園で、なら。

息子、いわゆる「保育園でならなんでも食べる期」の到来です。

家では「これいらな~い」「おかしちょうだい」「ぎゃーん!!」のイヤイヤ期です。

もういいよ好きなものだけお食べよ、とも思うのですが、恐ろしいことに保育園、低月齢児は朝晩の食事メニューもノートに書いて伝達しなければならず…。

毎食「ふりかけご飯」「味海苔ご飯」「みそ汁ぶっかけご飯」と書くわけにはいかないじゃないですか…!

新たな格闘の日々の始まり。

保育園のカレーが大好きだと聞けば、レシピを教わって、ルーから作ってみたり。

野菜を細かく刻んで、ハンバーグに入れたり。

最悪、「ブロッコリー、一口だけでいいから食べて!!そうすればノートに書けるから…!」と懇願するなど。

苦節5年。

息子、今では、保育園や幼稚園での「食育」体験の効果もあり、ほぼなんでも食べられるようになりました。

息子がナスやピーマンを食べる姿を見て、実母や義母は「偉いわね~!」と褒めてくれます。

いろいろがんばってきて、よかったなぁ、と思います。

そんな息子の、一番好きな料理、聞いてやってください。

はい、「しょうゆごはん」です。

義実家でも、お友達の家でも、外食先でも、「しょうゆごはん、くださいな!」と、リクエストします。

そう、白飯に、醤油を垂らしただけのものです。

まあね、そんなもんですよねー、ねーーー!!!!!

著者:うだひろえ
年齢:アラフォー
子どもの年齢:5歳と3歳

マンガ家/イラストレーター。愛知県生まれ。2008年『夢追い夫婦』(KADOKAWA)でコミックエッセイデビュー。

『誰も教えてくれないお金の話』(サンクチュアリ出版/監修:泉正人)が30万部を超えるベストセラーに。5歳男児&3歳女児の子育てに奔走する生活を、ツイッターやブログで垂れ 流し中。

website:http://umeyon.net
最新刊:「伝えるチカラを身につけたらダメ旦那が稼げる男になりました」

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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