これまで4回に渡り、ゴミの分別・リサイクルについて異を唱えてきたメルマガ『武田邦彦メールマガジン「テレビが伝えない真実」』の著者で中部大学教授の武田邦彦さんが、今回「暴露」するのは、国のリサイクル法制度作成に携わった東大・慶応大の教授が放った信じ難い発言。

武田先生は彼らの暴言に対し憤りを露わにした上で、「ゴミの分別とリサイクルが、日本文化を根底から破壊する」と断言しています。

「分別とリサイクルで市民は苦しんだら良い」とある教授の衝撃発言

これまで整理をしてきましたように、分別とリサイクルは「資源を余計に浪費し、環境を汚し、利権を伸ばす」という環境三悪をそろえていますが、それ以外に「日本文化を破壊する」という大きな欠陥があります。

筆者は経済的なこと、政治的なことより、日本文化を守る事を第一と考えています。「誠実、礼儀、恩義」などがこれまでの日本を支えてきました。

また、日本は世界でも「奴隷制、身分制」(職業としての身分制は除く)のない珍しい国で、仁徳天皇の「民の竈は賑わいにけり」とか、お城に住む殿様の生活が極めて質素だったこと、日露戦争の時に明治天皇が兵卒の食事をとっておられたことなど、世界でも見られない「国民、全員一緒の社会を作ってきました。

分別とリサイクルはこれらの日本文化を根底から破壊する行為なのです。

リサイクルの国の制度が制定されるとき、国の制度を作る委員会の中心だったある東大の教授がリサイクル制度に反対する筆者に、「武田先生、そんなに反対することはないのです。どうせ主婦や老人は暇なのだから分別ぐらいやらせておかないと」と言ったのです。

筆者は唖然としましたが、当時、その先生ばかりではなく慶応大学の教授も「庶民に大量消費を反省させるために、分別やリサイクルで市民はうんと苦しんだら良い」という趣旨の発言をしていたのです。

分別とリサイクルの制度化により、国民が被ったもの

さらにリサイクルの制度設計では「家庭で分別、自治体が収集、業者が再利用」といって「環境を守るため」に三者がそれぞれ努力するという美しいようなことが言われました。

でも実態はどうかというと、家庭では忙しくても面倒でも分別が必要となり、有料ゴミ袋、エコバッグなど次々と新しい出費すら増えたのですが、自治体は約2倍の税金をとって人を増やしリサイクルを始めましたし、業者はそれまで「お金をかけて集めていた廃品を、お金がついて自治体からもらえる」という事になったのです。

国のリサイクル法が施行されるまで、紙はちり紙交換屋さんが自分で軽トラを運転し、ガソリン代を払い、わずかですがちり紙と古紙を交換していました。

アルミ缶や鉄くずも少しとは言え廃品を出す方はお金になりました。家電製品もトラックで回ってくる廃品回収業者がタダか、あるいは何か小さな景品のようなものをくれていました。

それが、すべてタダになり、税金を余計に取られ、しかも分別して別々の指定された袋に入れ、あるいは日にちを指定されて何種類にもわたって出すようになったのです。

こんなことは独裁国家でも無ければ行われないことですが、なぜ日本で可能になったのでしょうか?それは家電リサイクルで理解することができます。

日本人の勤勉さ、誠実さをなし崩しにした「リサイクル運動とその法制化」

家電リサイクル法ができる前は、廃家電はおおよそ一台500円で処理されていました。なぜ、そんなに安かったかというと、ゴミと一緒に運んで機械でガシャンと潰し、燃やしていたからです。

それに対して家電を自治体が税金を使って回収して貴金属や銅や鉛を回収して、それを転売するというのですから、それまでの500円から回収した金属などの売り上げ代金を引いたものが「処理費」になるはずです。

だから500円以下になるはずですが、実際は一台3,000円ぐらいからスタートしました。なぜ、「リサイクルして資源を回収した方が高くなるのか?」はまったく説明できません。

だから制度のスタートの時には経産省が「家電リサイクルは世界で日本だけしかできないだろう。国民がマスコミを信じ、家電業界が役所の言うことを聞かなければできるような制度ではない」と言っています。

マスコミは「善意」を強調し、環境運動家は「利権」を追求し、家電メーカーは「買い換え」に期待しました。

朝日新聞のねつ造記事(従軍慰安婦、南京虐殺)や毎日新聞の異常性欲連載などからもわかるように、日本の新聞はまったくのウソでも長い間にわたり平気で報道を続けます。

だから、500円が3,000円になっても「環境のため」というキャンペーンを張り続けました。

またNHKは政府が右と言えば右」というわけですから、これも家電リサイクルが国民に増税をもたらし、資源を浪費し、環境を劣化させていることを伝えませんでした。

リサイクル運動とその法制化がもたらした大きな損害とは

社会には矛盾したことが多いので、ズルをして儲ける人は後を絶ちませんが、日本がこれまで豊かで外国と遜色のない国を作ってきたのは、日本人の勤勉さ、誠実さ、政府や指導層が庶民を圧迫することが少なかったからです。

それが、「環境を守るという美名の前に音を立てて崩れたのがリサイクル運動とその法制化」だったのです。

「そんなこと知らなかった」という人も多いのですが、次世代の子供の時代の日本を豊かにし、守るためには大人が「お花畑」ではなく勇気を持って事実を直視することができなければならないのは言うまでもありません。

「科学技術立国」と言われる日本が環境問題については、もっとも遅れた非科学的な施策を進めてきたのは実に残念なことですが、それよりなにより誠実な日本文化を崩した方が大きな損害だったと筆者は考えます。

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