記事提供:サイゾーウーマン

近年、東南アジアに移住し、現地で仕事や生きがいを求める日本人女性が急増している。「海外在住」=「大企業のリッチな駐在員」という時代はもう終わり、いまは中小企業や、ごくふつうの個人が、軽やかに海を越えていく。

中でもタイは、この10年余りで日本人在住者が急増。2001年にはおよそ2万人だったが、現在、7万人を数える。

そのかなりの部分が、20~40代の女性なのだ。「内向き」になったといわれる日本人だが、元気がないのは若い男たち。女性はどんどん海外にも翼を広げている。

では、どうしてタイなのか?アジアなのか?このシリーズではアジアで活躍し、日本にいるときよりも、はるかに生き生きと暮らす女性たちを紹介していく。

バンコクでデザイン会社を経営する金野芳美さん。

○第1回 金野芳美さん(33)タイ・バンコク在住

「タイは、生活をしていて『重さ』がないんです」

「日本で暮らしていると、結婚とか、将来とか、老後とかっていう、重たい石をのっけられるじゃないですか。それに押しつぶされそうになってしまうんです」

そう語る彼女は、タイに暮らし始めて10年になる。タイにある日系企業に就職をする、いわゆる「現地採用」を経て独立、いまでは社長として、タイ人パートナーと共にデザイン会社を切り盛りしている。

首都バンコクの中心部、シーロム通りの西部、街路樹が熱帯の日差しを遮る小道には、瀟洒な古民家を利用した建物がいくつか並ぶ。そのうちの1軒、1階はカフェだが、2階部分が金野さんの「城」であるオフィスだ。

「タイでも、もちろん、先々のことは考えていかなくてはならない。でも日本と違って、重石のように上からのっかってくるのではなくて、将来の選択肢は道に落ちている感じ。それを自分で選んで糧にするもよし、踏み潰すもよし。だからタイ人も、タイで生きている日本人も、変にプレッシャーや世間体に悩むことはないですよね。生きていて重さがない」

タイに住む多くの日本人が語る、そのゆるさ。人間はこのくらい気楽に、深く考えずに生きていいのだと思わされる。将来のことを、いくら心配してもしょうがない。意味がない。

そうわかってはいても、もやもやした不安感に覆われる日本。そこから抜け出した日本人は、世界の広さと価値観の多様さに、救われる気さえする。

■言葉が通じなくても「生きてる感」に満ちていた

「親戚のお姉さんがアメリカに留学していたこともあって、小さい頃から漠然と海外への憧れはありました」という金野さん。

美術関連の高校を卒業し、大学ではデザインを専攻。在学時にはスペインに旅行し、卒業後はワーキングホリデーで1年間オーストラリアへ。現地では、農場やレストランでアルバイトしながら語学を勉強した。

「海外に旅行したいというより、住んでみたい、働きたいと思っていたんですね」

ワーホリに前後して2度、アジアにも旅行。このとき初めて旅したタイに、その後住むことになる。

「オーストラリアから帰ってきても、なかなか就職先がなくて(笑)。そんなとき友達が見つけてくれた求人広告が、タイで日本人デザイナーを探しているというものだったんです」

旅行に来たときに接したタイ人の優しさもあり、印象は良かった。思い切って飛び込んでみたのは、バンコクにある日本語フリーペーパーの編集部だった。

タイには数万人の日本人が住んでおり、日本人向けのサービス業やメディア、飲食店などさまざまな仕事が、日本の地方都市よりもむしろ充実しているほど。

16年時点では10誌以上の日本語フリーペーパーが発行されているが、そのうち最も有名な老舗に、金野さんは就職した。

「初めは言葉がわからなくて、本当に大変でした。店や屋台で『これを買いたい』ということすら言えない。それでも『生きてる感』に満ちていたんです。言葉が通じないから、生活の一つひとつをこなしていくだけで精いっぱい。毎日がとにかく必死だったけれど、そのぶん充実していました」

タイ語学校に通いながら、情報誌のデザインをする日々。少しずつ言葉を覚えていくうちに、タイに居心地のよさを感じるようになっていく。いい意味で、肩の力の抜けた環境。自分が外国人であるという、日本にいてはわからない不思議な感覚の面白さ。

「タイは階級社会です。お互い違う身分、階層には近づかないところがあります。でも外国人はフラットなんですね。ハイソ層とも庶民層とも付き合えるし、向こうも受け入れてくれる」

古来から外国人を利用しつつ発展してきたタイ人は、したたかではあるが、外国人に対して日本人よりもはるかに慣れていて、フレンドリーだ。特に対日感情はよく、日本食やアニメ、日本旅行など、タイ人の生活の中に「日本」はすっかり浸透している。

日本人が実に暮らしやすい国だといえる。

■タイ人の生き方や価値観を受け入れられるように、寛容になった

オフィスの様子。

日本とタイ、両方のいいとこ取りのような環境ではあるのだが、「日本人のマジメさをもっと見習って仕事してよ、と思うことも(笑)」あるという。日本人はひとつ指示すれば先も見越して仕事を進めてくれる。

タイ人は、やってほしいことすべてをあらかじめ指示しないと、動いてくれない。察するということがない。タイ人にとって、仕事の優先順位はそう高くはない。家族や友人と過ごす時間のほうがはるかに大切だから、どうしてもなおざりになる。

「そんな生き方や価値観もあると受け入れられるように、寛容になったのは、タイに来て本当に良かったと思うことのひとつです」

いくらかの衝突や行き違いはあっても、お互い柔らかに理解し合える素地が、不思議とタイ人と日本人の間にはある。

そんなタイ人の男性と、金野さんも付き合ったことがある。夢中でタイになじもうとした時期を支えてくれた。

タイ人男性の浮気やDVに悩まされる女性も少なくないというが「彼の場合、そんなことはまったくなかったです。でも、自分のやりたいことを優先しすぎて、別れてしまいましたけど」。

ひとつの会社に勤め続けるというイメージのなかった金野さん。デザイナーとしての仕事を吸収した後にフリーになるが、その途端に仕事が殺到する。

アジアもののガイドブックを一手に引き受け、慌ただしい日々を送っているときに、フリーペーパー時代に先輩だったタイ人も会社を辞めた。

「実家が自営業だったことと、前職の社長を見て、本当にしたいことは、最終判断して方向性を示す社長にならないとできないと思ったことから、いつかは独立したいと思っていたんです。それがいまかな――と思い、元同僚の女性と会社を立ち上げました」

こうして職場を変えていったり、独立してステップアップしていくのは、タイの女性の間では常識だ。女性の社会進出は日本よりもはるかに進んでいて、母親が会社に赤ん坊を連れてくる光景は珍しいものではない。

本人が外回りなどに行っているときは、社内の同僚が代わる代わる面倒を見るのだ。待機児童の問題とも無縁。それはタイにある日系企業も同様だ。こんな環境も、“タイで働いてみよう”という日本人女性を引きつけているのかもしれない。

■日本が一番だと思っていたけれど、実はそうでもない

金野さん(中央)と共に働くタイ人スタッフも女性。

金野さんが住むのは、オフィスから2キロほど離れた下町にあるマンションだ。

近くには市場があり、朝から晩まで庶民の活気であふれる。大きなリビングとベッドルーム、キッチンがあり、50平米で家賃は1万3,000バーツ(約4万2,000円)。

「引っ越してきたばかりで、まずは近所の屋台の位置を把握することから始めてます」

タイでは、テレビや冷蔵庫、ベッドやエアコン、ソファなど、家具はすべて備え付け、敷金・礼金はなく、日本人ならパスポートひとつで契約できるので、引っ越しが簡単だ。家賃2~3カ月分のデポジットは前払いだが、これも退去時に返却される。

居住者専用プールのほか、掃除や洗濯をしてくれるお手伝いさん、警備員が常駐する、リーズナブルな物件も多い。そんな住環境の良さも、日本人にはありがたい。

「日本が一番だと思っていたけれど、実はそうでもないということを実感しています。日本にいるとわからないことを、こちらで勉強しています」

日々、重い荷に苦しむこともなく暮らしているからか、「タイにいる日本人は、みんな年より若く見える気がします。見た目と年齢が合わない(笑)」と金野さんは言う。

たまに日本に帰国すると、知人たちの、特に30~40代の男性の老け方に驚くという。生活の疲れがにじむ。

「やはり日本人は、考えすぎなんだと思います。タイ人は何か問題が起きたときも、サヌック(楽しむ)の精神で当たっていく。それを学べたことは大きいと思います」

タイの居心地のよさの中で過ごす金野さんだが、この先の人生は、まだ未定。「あまり考えないようにしてます」という。

「会社として、自分として、やりたいことを突き詰めていけたら。ここにいるかもしれないし、ほかの国にチャレンジするかもしれない。日本に帰るかもしれないけど、寒いし、重いしな~」そんなことを、笑いながら話してくれた。

選択の多様さと、生きやすさ。タイ生活は、人生にこの2つを与えてくれたと語る女性は多い。もちろん、いいことばかりではない。異国での暮らしは、ときに困難で、厳しい。

それでも、新しい価値観や、違う生き方を求めるなら、アジアに飛び出してみるのも、ひとつの選択肢だと思う。日本で社会経験のある人なら、現地でもきっと居場所は見つかるだろう。

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