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『オサムイズム─“小さな巨人”スズキの経営』(中西孝樹/日本経済新聞社)

2016年4月、三菱自動車の燃費試験不正問題が発覚したとき、多くの人が思った。「他の自動車メーカーもやってるんでしょ?」と。国土交通省の指導のもと、国内メーカーが調査を行った結果、スズキ自動車が「不正があった」と報告した。

三菱が「燃費を良く偽るための改ざん」だったのに対し、スズキの不正は主に「国の定めとは異なる方法で測定した」ことで、三菱のほうが悪質性が高いと言える。

とはいえ、不正は不正だ。三菱同様、スズキもバッシングされ、企業の信用を著しく損なうと思われた。だが──改めて正しく測定したところ「カタログよりも良い燃費値」という驚きの結果が出たのである。

「車は家族で乗るものだから、3人分で計測した」という理由で、規定重量60kgの3倍である180kgの重量で計測し、その数字をカタログに載せていた。

それを規定通りに計測すれば、燃費値が良くなるのは当然だ――という話がネットを中心に広まった。

スズキは「それは事実ではない」と否定をしたが、「スズキならそういう発想をしてもおかしくない」と世間が思い込むほどに、“消費者目線のメーカー”だというイメージが根強いことを示すこととなった。

結果的には、会長の引責辞任にまで問題は広がったが、スズキが国の定める測定方法でやり直したところ、「カタログ値よりも良い燃費」であることが証明された。

「測定方法を見直すべき」との声も上がり、不正が発覚したことでスズキの信用が上がるという、奇妙な現象が起こった。

不正発覚以降も次々と新たな不正が発覚し、呆れるばかりの三菱自動車に対し、企業価値を高めたスズキ自動車。浜松に本社を置く、“小さな巨人”には、鈴木修会長(4代目社長)の信念──“オサムイズム”が広く深く浸透していた。

オサムイズム─“小さな巨人”スズキの経営』(中西孝樹/日本経済新聞社)に、“オサムイズム”とは何かを探った。

本書は、スズキ自動車が鈴木修氏とともに自動車メーカーとして大きく飛躍し、数々の危機をどのように乗り越えてきたのか、そして、未来へ向けてスズキがどう変わろうとしているかが、綿密な取材のもとに記されている。

詳細は本書を熟読していただきたいが、オイルショックや排ガス規制、大手メーカーからの圧力、二輪車事業の弱体化などによる倒産の危機や、インドの工場での大規模な暴動、後継者と見込んだ娘婿・小野浩孝氏の急逝、フォルクスワーゲン社との資本提携を逆手に取られた乗っ取りへの抗戦…「25~30年周期で訪れる危機」に瀕する度に、オサムイズムが発揮された。

「先回り戦略」──「犬も歩けば棒に当たる」と交流と見識を広めた修氏。

知人の自動車メーカーが四輪駆動の軽自動車を発売しながらもビジネスに行き詰まったと知るや、社内での強い反対を「大手メーカーが手がけていない軽四駆には需要がある」と押し切って製造権を買い取った。発売された「ジムニー」は大ヒットとなった。

(宇宙刑事ギャバンたちも乗っていたあの軽四駆です)

「徹底したケチケチ戦略、光と重力はタダ」──自らを“中小企業のおやじ”と呼び、「スズキの売上高3兆円なんぞ、しょせんトヨタの経常利益と変わらん」と言い切る。

世界的な企業になった今でも、本社工場のある浜松に組織機能の中枢を置き、本社ビルに受付嬢はおらず、電話機が1台あるのみ。

工場も窓を多くして光を取り込み、工場内では傾斜を利用して部品や製品の移動コストをわずかでも減らす。自身のみならず、社員の慢心や勘違い、無駄を強く戒めてきた。

「どんな小さな市場でもいいからナンバー1を目指す」──1位と2位が本気で争い始めたら、3位以下のメーカーなど木っ端微塵に吹き飛ばされてしまう。

どんな市場でもいいからナンバー1になり、スズキの力を示す必要がある。大手のいない市場へ先回りし、地位を築くという戦略で、インドなどの海外市場開拓につながった。インドではシェア45%のナンバー1となった。

そして、これらは「企業の利益追求」のためだけの理念ではない。消費者のニーズに応え、低価格で品質を保ち、企業の信用度を高めることでスズキの自動車を購入した人はさらなる安心感と満足感を得られる。

スズキの戦略には、必ず「消費者の気持ち」が組み込まれているのだ。

象徴的なのは、2010年にトヨタが本気でインド市場に参入したときのエピソードだ。高品質にこだわるあまり機能部品はキープしたままで、内装などの見た目を削ったトヨタ車は「コレジャナイ感」漂うものとなり、不発に終わった。

一方で、スズキは庶民でも手の届く約67万円という低価格を実現するために、インド仕様に再設計を行い、他の車種との部品の共通化を図り、さらには部品の87%をインド国内製造とするなど、徹底したコストダウンを図り、爆発的ヒットを飛ばし、トヨタを一蹴したのである。

ハート・ツー・ハートはますます大切になる。人間はみな同じ。言語や風俗、習慣、環境が違っても、心と心が通じ合うことが重要

出典『オサムイズム─“小さな巨人”スズキの経営』(中西孝樹/日本経済新聞社)

1983年、インドでの基本契約の記者会見で、鈴木修氏が語った言葉だ。突き詰めれば、オサムイズムとは、すべてこの「ハート・ツー・ハート」に行きつく。

自動車の作り手であるスズキは、消費者とハートで向き合ったからこそ、前述の「デマ騒ぎ」が炎上することもなく、燃費試験においても「数値に偽りなし」の結果を示せたのだろう。

鈴木修という強烈なカリスマのもと、この数十年を歩んできたスズキ自動車は今、ワンマン経営からの脱却と経営陣の世代交代を進めており、変化の時を迎えている。

だが、オサムイズムを忘れず受け継いでいく限り、“浜松の町工場”の窓から「消費者の顔」が見え続ける限り、スズキ自動車は走り続けるだろう。

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