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成宮寛貴 1st DVD『imagine』ポニーキャニオン。

「フライデー」(講談社)による、違法薬物使用の疑惑報道から、わずか一週間で引退という決断に至った成宮寛貴(34)。違法行為があったかどうか真相はわからぬままだが、彼は芸能界を去った。

来年1月スタートの連続ドラマ『就活家族~きっと、うまくいく~』(テレビ朝日系)に出演し第四話まで撮影終了していたが、降板。

2012年から15年まで同局系『相棒』のシーズン11~13に3代目相棒として出演しており、今も再放送されていたのだが、12日再放送回は差し替えが決定したという。

契約中だった「シュミテクト コンプリートワンEX」(グラクソ・スミスクライン・コンシューマー・ヘルスケア・ジャパン)など4本のCMも放送を中止するそうだ。

薬物に関してはまだあくまで“疑惑”の段階であるはずで、本人は引退を表明した直筆文でも否定しているが、ともかくもあらゆるメディアから突如として姿を消したことになる。

突然の出来事を惜しむ声は大きい。あらためて、その俳優人生を振り返りたい。役者としてのスタートは、2000年7月。17歳の時だった。

宮本亜門演出の舞台パルコ・プロデュース公演『滅びかけた人類、その愛の本質とは…』のオーディションに参加し、3000人の中から選出され役を与えられた。

次の仕事は翌01年2月公開の堤幸彦監督映画『溺れる魚』、6月公開のホラー映画『生霊』にも立て続けに出演し、連続テレビドラマ『金田一少年の事件簿』(日本テレビ系)にキーマンとなる女装の男性役でゲスト出演を果たした。

同年秋に蜷川幸雄演出の舞台『ハムレット』を経験し、快進撃を見せるのは02年4月、『ごくせん第1シリーズ』(同)で主要メンバーに抜擢されてからだ。

イケメン俳優として女性人気に火が点き、03年1~3月期のドラマ『高校教師』(TBS系)でソニンを翻弄する非情なホスト役、7~9月期ドラマ『STAND UP!!』(同)でお調子者の童貞男子高校生、04年4~6月期ドラマ『オレンジデイズ』(同)で二枚目大学生を好演。連ドラになくてはならない存在になっていった。

08年10~12月期には、土夜の『ブラッディ・マンディ』(TBS系)と月9『イノセント・ラヴ』(フジテレビ系)の二枠にかけもち出演したほどだ。映画、舞台の出演も多い。

一方で、バラエティではほとんど番宣でしか見かけずミュージシャン兼任でもない、とことん俳優、役者であった。

活動10周年を記念して2010年にリリースされたメモリアル本『Hiroki Narimiya Anniversary Book10』(角川グループパブリッシング)で、成宮はデビューから5年の非常に多忙だった修業時期を「そもそも僕自身、もともと自分に自信がないし、すごくコンプレックスが強い人間」「何も持ってなかった不良少年が、ちょっとずつ自分の目指すものに向かって歩んでいった」と振り返っている。

また、成宮がデビューから所属していた芸能事務所・トップコートには、当時ほかに男の俳優がおらず、「僕が初めての男性俳優だったから、雑誌へのパイプがめちゃめちゃ弱かったんです。ファッション誌にもバンバン出たいのに、誰もつなぐ人がいなくて」。ゆえに成宮は自ら行動を起こす。

「ファッション系のパーティーにマネージャーを連れていって僕が雑誌関係者の方にマネージャーを紹介して、『とにかくいろんな雑誌に出してもらえるようにお願いしてください』って」と、積極的に売り込んだのだ。

現在、同事務所には松坂桃李や菅田将暉、中村倫也ら俳優も所属しているが、彼らがファッション誌のカバーを当たり前のように飾るのは、成宮が「鎌を持って、草をかき分けて道を作っている感じでした」という日々あってこそなのかもしれない。

同書に収録されているのは、20代後半になり精神的余裕が出来てきたという時期のインタビューだが、「昔は20代しか楽しいことがないと思って」「20代のうちにお金も仕事もちゃんとゲットして、自分のプライベートを充実させないとってすごく焦って」いたのが、30代が視野に入ってきて「意外と人生は長いなぁって気持ちに」なったという。

それから6年、まだ34歳。少し休み、いずれまた次の道を切り拓くことが出来るのではないだろうか。

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