激動の昭和の時代を振り返るとともに、現代に残したい当時の学びを探るコーナー「昭和土産ばなし」。

社会問題にまでなっている子どもの「キラキラネーム」。楽汰(るんた)、手真似(さいん)、紗冬(しゅがあ)などは、好奇の目にさらされたり、時には批判的なまなざしを受けたりすることがあります。

一方、昭和時代の名前といえば「和子」や「一郎」など“読みやすい”名前というイメージがありますが、実は昭和にも「キラキラネーム」を思わせる“読みにくい”名前はあったのだといいます。

昭和にも「キラキラネーム」は存在していた!?

出典Spotlight編集部

そこで今回は、『キラキラネームの大研究』(新潮新書)の著者である伊東ひとみさんにお話を伺いました!

———昭和にも昨今の「キラキラネーム」のような名前はあったのでしょうか?

伊東ひとみさん(以下、伊東):昭和にも、一部では「キラキラネーム」のような珍名や難読名は付けられていました。しかし現在の「キラキラネーム」と同じ性質を持っているとは一概には言えません。難読名の中にはその名付け方に違いが見受けられるものがあるんです。

———と、言いますと…?

例えば、平成の「キラキラネーム」は、純粋な心をイメージして「心(ぴゅあ)」と名付けたり、ダイヤモンドのように輝いてほしいという意味を込めて「大輝(だいや)」と名付けたり、“付けたい名前の読み方や意味が先行して、そのイメージに近い漢字を無理やり当てはめられる”ため、その漢字にはない読み方がされている傾向があります。

「心(ぴゅあ)」や「大輝(だいや)」などの難読名は、言わてみれば名付けの意図はわかりますが、正しい日本語の読み方ではありませんよね。

一方、昭和の難読名は、“古来から伝わる漢字の本質的な意味や由来を理解して、正しく使うこと”を重視していた傾向があります。

平成を凌駕する!?昭和の珍名・難読名

昭和生まれに名付けられた珍名・難読名について調査すると、なんと最近の「キラキラネーム」を上回るような“読めない”名前が付けられていたようです。具体的にどのような難読名が付けられていたのか、ご紹介します。

・三斗九升五合(しとない)

三斗九升五合にあと五合を足すと四斗になるため、“四斗に満たない”ということで「しとない」と読んでいたとのこと。当時は酒をはかる際に五合ずつ測っていたため、このような言葉遊びをしていたようですが、なぜ“四斗に満たない”という自虐的な名前なのかはわかりません。名付けた親が酒屋だったのか、それともただの飲んべえだったのかは想像におまかせします。

・主税(ちから)

「ちから」という読み方は、律令制において税金の徴収を行っていた主税寮が「ちからのりょう」と呼ばれていたことが由来となっています。律令制が崩壊した後の江戸時代に、役所名を直接名前にしていた名残りが昭和にも残っていたようです。

・井子(しょうこ/せいこ)

“水=命”をイメージしてこんこんと湧き出る井戸水のように、生き生きとした女性に育って欲しいという意味を込めて付けられた名前です。「しょう」や「せい」という読み方は辞書にきちんと載っています。

・木綿子(ゆうこ)
これは木綿(もめん)ではなく、神道において神様に捧げていた木綿(ゆう)のことを指しています。なぜ木綿という漢字が使われているのかというと、木綿(もめん)が日本に伝来する前に、楮(こうぞ)の木の皮を原料にして作っていた綿、つまり糸を「ゆう」と呼んでいたため、“楮の木の綿”で木綿(ゆう)と読みます。

・倭文(しず)

「倭」とはかつて日本の呼び名であり、「文」とは「あや」という読み方で模様のことを表しています。それらを組み合わせたものを倭文(しず)と言い、麻などを染めて模様付けした日本古来の織物を意味しています。これも神様を祀るために使われたもので、それをお供えする巫女の“清らかな美しさ”にあやかっていたようです。

昭和の時代にも、このように子どもの名付けにこだわっている人がいたのは、“名は体を表す”というように、漢字にはその人の性格、生き方、才能などを映す力が宿っていると信じられていたから

ましてや漢字とは同様の表記でも、その読み方によって意味が異なることがあります。漢字一つとっても実に奥が深いため、漢字を十分に理解して正しく使うということを、名付けにおいて気をつけている人もいたようです。

“日本の象徴”も実は難読名だった!

また伊東さん曰く、「昭和35年の2月29日に命名の儀が執り行われ、正式に発表された皇太子徳仁(なるひと)親王のお名前も、実は当時の各新聞記事において『徳』を『なる』と読むことが難しいと取り上げられて話題になっていた」とのこと。

———確かに「徳」を「なる」とすぐに読める方は少ないですよね。

伊東:「徳仁」様なら、「のりひと」様とお読みするのが一般的なのですが、すでに三笠宮家に「のりひと」様という読みの憲仁親王がいらしたため、重複するのを避けて「なるひと」様とされたのではないかと言われています。

しかし、その「なる」という読み方は、創作的に名付けられたわけではありません。江戸時代にすでに「徳」を「なる」と読んだ名前があり、時代を遡ると古来よりずっと人名として使われてきた読み方なんですよ。

漢字が感覚的に使われるようになった背景

古来から伝わる漢字を正しく使おうとするこだわりが希薄になってしまったのは、戦後の変化が影響していました。

伊東:
戦後、日本を占領していたGHQによって漢字の廃止が提唱される中、なんとか1850字の当用漢字というものが認められました。当用漢字とは簡単に言うと、國→国、當→当のように漢字表記を簡略化したり、それまで幅があった音訓を決まった読み方に定めたり、誰にでも読み書きしやすくした漢字のこと。

漢字自体が簡略化されたことで、漢字の意味や由来を大切にしようとする気持ちが薄れ、漢字が感覚的に使われるようになっていきました。

そして、アニメや漫画に登場するキャラクターのユニークな名前に感化された親はそれを子どもに名付けたり、グローバル化していく中で海外でも通用するような名前を漢字で無理やり表したりしたのでしょう。

漢字の誤用は子どもの名付けに限った話ではない?

そういった「キラキラネーム」ブームの影で、「キラキラネームを付ける親は教養がない」などと批判されることがあります。

しかし伊東さん曰く、「漢字の本質をきちんと理解していないのは、キラキラネームを子どもに付けようとする親に限った話ではなく日本人全般にみられる傾向なのではないか」とのこと。

“漢字の本質を理解していない”といっても心当たりがない人もいるかもしれませんが、私たちが日常でよく使う言葉の中には、間違えやすい表現があることをご存知ですか?

例えば、「後で後悔する」や「間が持たない」という表現。後悔という言葉は、そもそも“あとで”という意味を含んでいます。また、「間が持たない」という表現は誤りで、正しくは「間が持てない」です。

このように漢字の本質を理解していないからこそ生じる誤用はあふれているのです。

昭和における難読名の名付けには、“漢字をよく調べてその本質を理解することで正しく使おうという心がけ”がありました。漢字を正しく使うということは、日本人としてきれいな言葉を使うだけでなく、言葉に宿る力を大事にするということでもあるのです。

それは子どもの命名に限らず、日本人として私たちが失ってはいけない心がけなのではないでしょうか。

【取材協力:伊東ひとみさん】

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