ときどき、「酒を呑んだら呟くな」という言葉を耳にします。
酒の席での本音を、酔っ払って、ついツイートしてしまう件に対してのアレです。

おっしゃる通りなのですが、一方で、「閉塞感たっぷりの、この御時世に、芸人が本音を言わずに誰が本音を言うんだよ」という気持ちもあります。

本来、はみ出し者であるハズの芸人まで『右にならえ』をしなければならない、この感じに違和感を覚えるのです。

芸能界といえど村社会。

とくにテレビは一人で作れるものではありません。出演者、スタッフ、本当にたくさんの人間で作り上げていきます。当然、和を乱すと、村八分に遭うこともあります。

自由にやっているように見えて、そこには確固たる上下関係があり、パワーゲームが発生しているので、タレントは、ある程度決められた立ち位置で、ある程度選ばれた言葉の中で、やりくりせねばなりません。

いつの頃からか、そういうのが単純に「嫌だな」と思うようになりました。

というか、先輩は敬った上で、「だけど壊していかないと。芸人だもの」と思うように。

自分が思ったこと…それこそ、酒の席でこぼしてしまうような本音を、表舞台でも、大先輩に対しても言えるようになろうと思い、村八分に遭っても「べつにイイっすよ。俺、他がありますんで」と返せる準備をこれまでしてきました。

準備には数年かかりましたが、おかげで「もう思っていることは全部言っちゃおう」と思えるようになりました。

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。


僕はナインティナイン岡村さんが嫌いです。

正確に言うと、もの凄く尊敬していたし、ものすごく好きだったけれど、嫌いになりました。発端は、岡村さんがやられているラジオ『オールナイトニッポン』です。

前々から僕の活動に対してラジオでチクチク言われているのは知っていたのですが、あくまでそれは《じゃれ合い》の範疇だったので、聞き流していたのです。が、去年、番組内で

「『キンコン西野さんが、フジテレビのスタッフの態度が気に入らないから、27時間テレビの出演を断った』とラジオで発言されていました」というリスナーからのメールを紹介され、「こういうところ、嫌いやねん」から始まった岡村さんの言及に、「いい加減にしろよ」と思いました。

メールの内容事態が事実無根であったし、そのウラを取らずに発言してしまうのはあまりにも軽率で、あまりにも無責任だし、なにより、「噛みつくなら上に行けよ」と岡村さんの10年後輩の僕は思いました。

ご本人は「シャレやで」と言いますが、実際にラジオを聴きましたが、一笑いも起きていませんでした。すかさず、岡村さんは「西野もそんなつもりで言ったんとちゃうと思うで。地方の仕事が入っていたらしいし」

とフォローを入れていましたが、「つもり」も何も、そもそも言ってないのです。言ったことを前提に話を進めていますが、言っていないのです。

糞味噌に面倒臭いのが、ラジオが放送された翌日から。

当然、ニュースになり、行く現場現場で、同業者から「なんで、あんなことを言ったん?」と質問攻め。

それに対して、「いや、違うんです。あれはね…」これを何度も何度も何度も何度も。

「なんで、岡村さんの発言の弁明に、自分が時間を使わないといけないんだ」と思いました。

これは別件ですが、気がつけば、岡村さんが芸能界の御意見番のようになっていて、昔からの岡村ファンとしては、そのこともあまり嬉しくありませんでした。

25歳の頃。

『はねるのトびら』という番組がゴールデンに進出し、視聴率も毎週20%をとっていた頃。

各局で冠番組もいただきました。それは願ったり叶ったりの状況で、たしかに知名度は上がりましたし、生活も良くなりましたし、「人気タレント」と呼ばれても恥ずかしくないぐらいにはなりましたが、この芸能界で突き抜けることはできませんでした。

そして、「これだけ環境が整った状況で、瞬間最大風速が吹いているこの状況で突き抜けられなければ、俺は一体、どのタイミングで突き抜けるんだよ」と自問自答し、やっぱり僕は突き抜けることを諦めたくはなかったので、一旦、仕事を整理することにしました。

苦手なことをやめて、時間を作って、その時間を使って、一発逆転の武器を作ろうと考えました。

そこで辞めたのが『ひな壇』です。

ものすごい才能がある人たちが席を奪い合う中、僕はひな壇は得意ではなかったので、早々に「まいりました」と白旗をあげて、自分の居場所を他で探すことにしました。僕が『ひな壇』に出ない理由はこれです。

厳密に言うと、「出ない」ではなく、「出る才能がないから、いずれ出れなくなるから、ハナから出ない」です。

逃げたのです。ひな壇批判でも何もありません。僕が批判をした相手は僕です。

このことがネットで切り取られ、尾ひれがついて、いつしか「キンコン西野、ひな壇批判!」となり、世間の皆様からは何年間も叩かれました。そして、そのバッシングの先頭に岡村さんがいたのです。

一般の方々がネットニュースを鵜呑みにするのは仕方がないと思いました。真相も何も、わざわざ僕なんぞの言い分を知る理由が一般の方にはないからです。

なので1ミリも腹が立ちませんでした。「いつか分かってくれる日が来るだろう」といった感じで。

ただ、岡村さんに対しては、まったく別の感情が働きました。同業者なら分かってくれよ、と思ったのです。

若手芸人が『ひな壇に出ない』という決断をすることが、この時代、どれだけ勇気の要ることだったかを。その当時、僕の膝がどれだけ震えていたかを。

「皆やってるんやし、やったらええやん」と言う岡村さんに、

その昔、皆がやっていること(たとえば『大喜利』)をやらずに、「チンカス」と揶揄されながらも、まったく違う方法で僕らを楽しませてくれた当時の岡村さんの姿がよぎりました。

その岡村さんが、大好きだったんです。誰よりも芸人さんっぽくて。

あの岡村さんが同調圧力をかける側に立たれていることが信じられなくて、そして、とても寂しくなりました。

しかし、どこまでいっても、それら全ては何を介して入ってきた情報でしかありません。ラジオも直接聞きましたが、もしかしたら、何か事情があったのかもしれません。

矢部さんがラジオを卒業されてから、岡村さんの御意見番感が加速したように感じ、勝手に寂しくなっていましたが、それすらも何かを介して入ってきた情報で、僕が岡村さんの仕事現場で直接感じたことではありません。

「どうせなら、お互いのことを、もっと知ってからにしませんか?」

と、フジテレビの『めちゃ×2イケてるッ!』からお話をいただきました。

正直、面倒臭いと思いましたが、ここを逃すと、僕は大好きだった岡村さんのことを、この先もずっと嫌いなままになってしまうと思いました。

出典 http://lineblog.me

というわけで、岡村さんと入れ替わることになりました。

出典 http://lineblog.me

『君の名は』です。

岡村さんが1週間、僕の生活をして、僕が一週間、岡村さんの生活をします。

僕は岡村さんの仕事現場に行きました。岡村さんの芸人仲間と呑みに行き、岡村さんの学生時代の親友にも会いました。

キングコング西野ではなく、ナインティナイン岡村として。

そこで見えてきた岡村さんの本当の姿は、僕が思っていたものとは違っていました。

ただ、バラエティーだからといって最初から最後まで茶化すのは辞めて、思っていることは全部言おうと決めていました。
その方が面白いと思ったので。

当然、笑いもあります。

しかし、ピリついている場面も何度もあります。

それをひっくるめて観ていただきたいです。最終的にどちらに転んだかは言えませんが、とにかく本音でぶつかりました。

『めちゃ×2イケてるッ!』今夜放送です。お楽しみに。


以上、完全なる番宣でした。

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