1998年1月11日から2002年9月29日まで日本テレビ系列で放送されていた「進ぬ!電波少年」の企画「電波少年的懸賞生活」で大ブレイクしたタレント「なすび」さん。

12月8日深夜にテレビ東京系で放送された「じっくり聞いタロウ~スター近況報告~」に出演し、懸賞生活に選ばれた経緯と、懸賞生活中の裏側について語りました。

芸人・なすび

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本名:浜津 智明(はまつ ともあき)
生年月日:1975年8月3日(41歳)
出身地:福島県福島市

芸名は、茄子のような30cmの長い顔に由来。かつては覇王樹(さぼてん)というお笑いコンビを組んでおり、当時は本名の「浜津智明」名義で活動していました。

「進ぬ!電波少年」への出演で一躍有名となりますが、この番組でのイメージが強すぎたこともあり、お笑い芸人としてはあまり売れませんでした。その後は、出身地である福島で冠番組を持ち、ローカルタレントとして活動する一方で、元々の志望だった喜劇俳優としての活動を本格化させます。

2002年に劇団「なす我儘(がまま)」を立ち上げ、座長をつとめ、以後は舞台を中心に活動しています。

電波少年的懸賞生活が話題

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1998年1月25日 - 1999年4月18日まで放送された長期企画。お笑い芸人なすびが「人は懸賞だけで生きていけるか?」をテーマに目標金額を目指し挑んだ。日本での目標額は100万円、韓国での目標額は日本までの航空チケット片道分。

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オーディション方法はくじ引き

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懸賞生活への出演はオーディションで選ばれたそうですが、そのオーディション方法はなんと「くじ引き」だったそうです。

懸賞生活には運が必要ということから、オーデションに集まった約20人の芸人さんがくじを引き、当たりを引いたのがなすびさんだったのです。

土屋敏男プロデューサーは若手芸人を集め、くじを引かせる。その中で「当たり」を引いたのが無名若手芸人「なすび」であった。

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そして、懸賞生活が始まる・・・

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なすびは目的も知らされずアイマスク・ヘッドホンを着用させられ移動。ワンルームの部屋へ連れて行かれ、衣服を全て没収される。そして「人は懸賞だけで生きていけるか?」をテーマに懸賞雑誌とハガキだけを与えられ、100万円分当選するまで懸賞だけで生活する、という企画内容を知らされ愕然とするが、あまり深く考えず承諾し、懸賞生活が始まった。

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当時はいきなりワンルームへ連れてこられて、身ぐるみを剝がされるなすびさんの姿に大笑いしていた記憶があります。

書いたハガキは6~7万枚

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そんな経緯から始まった懸賞生活。1年3ヶ月の中でなすびさんが書いたハガキはなんと
6~7万枚。ハガキの金額だけでも300万~400万円かかっているそうです。

一番苦労したのが食べ物

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番組MCの次長課長・河本準一さんからの「ほんまに当たったやつだけですか?飯って」という質問に対しては、懸賞生活開始直後、最初の2週間だけ「乾パン」が支給されていてそれを食べていたそうです。水分は水道水を飲んでいたとのことです。

その後、お米が当たりったのですが、その当たったお米が底をつきた後は、「ドッグフード」を食べて1、2か月生活したという衝撃の告白に共演者からは驚きの声が上がっていました。

お湯で流すだけ

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懸賞で当てた物だけで生活しなければならなかったため、シャンプーやタオルなどもありません。なので、お湯で体を流すだけで、ぶるぶると体を振って乾かしていたのです。

これには河本さんから「そのあと、ドッグフード食うんやから、犬やん!」とのツッコみも。

約1年3ヶ月で無事終了

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そんな過酷な懸賞生活も約1年で目標としていた100万円を達成し、これで解放されるかと思われたのですが、懸賞生活挑戦中に「ゴールしたら何をしたいか」という質問に「韓国で焼肉を食べたい」と答えていたことがきっかけで、”ご褒美”として韓国に連れて行かれます。

そして、そのまま「韓国での懸賞生活をやってくれ」と言われ愕然とするなすびさん。韓国での目標額は日本までの航空チケット片道分だったためこれを了承。約3ヶ月で達成し、無事懸賞生活を終えることができたのです。

他にはこんなエピソードも

番組内では語られていないですが、懸賞生活には他にも驚きのエピソードがあります。

全裸に慣れ過ぎて・・・

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企画開始時に身ぐるみを剥がされ全裸で生活していたなすびさんは、全裸に慣れ過ぎて懸賞で当てた服も着てもすぐに脱いでしまい、結局、企画終了までそのまま全裸で生活しました。

さらに、ゴール後にプロデューサーから返してもらった服を着ても慣れないからといってすぐに脱いでしまったというエピソードがあります。慣れってスゴイですよね・・・。

健康状態は問題なしだった

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ドッグフードで生活していたなど、食料の問題と関連してスタッフが栄養不足を心配して健康診断を受けさせたところ、健康に関しては特に問題がなかったそうです。なすびさん、おそるべし。

24時間インターネット中継されていた

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懸賞生活は1998年10月からはインターネットで24時間生中継もされていました。アクセス数は当時の最高を記録するほど人気がありました。

しかし、懸賞生活中のなすびさんは全裸。テレビ放送では茄子のマークで隠されている部分はどうしたか?実はスタッフが監視をし、手動でナスのマークを動かしていたそうです。

ちなみに、有料サービスで行ったこの生中継で得た収益は70万円を超えており、罪悪感を抱いたスタッフはその収益金を愛の小鳩事業団(現:日本テレビ小鳩文化事業団)に全額寄付したとのこと。

こうして見ると、なすびさんも大変でしたが、ネット中継開始後は、24時間つきっきりのスタッフも大変だったのではないでしょうか。何はともあれ、無事に企画が終了したことは本当によかったなと今更ながらに思います。

地元・福島を中心に精力的に活動中

講演会

一日館長

物産展のお手伝い

現在は小学校などで講演会の依頼が来たりしているようですね。また、福島の特産品などの物産展にも参加されるなど、地元・福島を元気づけるため、精力的に活動をされています。

最近はテレビにはあまり出演されていないので、なすびさんを知らない人もいるかと思いますが、リアルタイムで懸賞生活を見ていた人間としては、頑張っているなすびさんを見ると、どこか嬉しい気持ちになりますね。

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長野県出身の30代2児の父。ゲーム、アニメ、マンガ、スポーツ、夢の国が好きです。
時事ネタやエンタメ、サブカルからオタクネタまで自分が気になったことを発信していきたいと思います。

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