記事提供:messy

『逃げるは恥だが役に立つ』公式サイトより。

普段は映画を取り扱う当連載ですが、今回は番外編。現在放送中の『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)を扱いたいと思います。

『逃げ恥』は、さまざまな方向から論じられる作品です。それだけに、この連載でも何か書きたいと思ったものの、どの方面から書けばよいのか、非常に悩んでしまいました。

どうしたものかと何度も見ているうちに、主人公のみくりのキャラクターが、これまでのラブ・コメディのヒロインと正反対であることが、この物語に共感するポイントではないかと思えるようになりました。

みくりが、小賢しくて分析屋で、思ったことは言ってしまわないと気が済まなくて、でも恋愛はそれなりにしてきた人物であるのに対して、平匡は、頭もよくて、常識もあるのに、35年間、一度も恋愛したことのない人物です。

家事代行の延長で契約結婚をしたこのカップルですが、一緒に暮らすうちに、愛情が芽生え始めます。

みくりは恋愛経験もあるため、自分の感情を冷静に分析し、善処することができるのですが、平匡はみくりに芽生えた感情に対して何をすればいいのかがわかりません。

同僚でスマートなイケメンの風見にコンプレックスを抱いている平匡は、みくりには風見のほうがお似合いではないかと考えて拗ねてしまい、自分たちの契約結婚の解消をほのめかしたりもするし、みくりの伯母がプレゼントしてくれた新婚旅行で、ひとつのベッドで夜を明かすことになっても、何もしなかった自分に対して「やりきった」と誇らしげになってしまうくらい恋愛に疎い人物です。

最初は気になりませんが、平匡は、本当に面倒くさい人です(もちろん、そのことがドラマに夢中になってしまう要因でもあります)。

それに対してみくりは、そんな平匡にときおりいら立ちながらも、「恋人が作りたいんですけど、今の状況で最適な相手って平匡さんしかいないんです」「周りに気をつかう必要もないし」と、情緒に訴えず、平匡が合理的に判断できる提案をしたり、「お風呂に一緒に入ってもいいですよ」とキツい冗談をお見舞いしたりと、ちょこちょこ平匡に対して爆弾を仕掛けているのです。

平匡とみくりのような関係性は特殊なものでもないかもしれません。実際に「交際経験なし」の比率が20代男性では53.3%、女性では34.0%という結果も出ていて、女性のほうが経験豊かというデータもあります(明治安田生活福祉研究所調べ)。

ということは二人の関係性は、現実でもあり得る話、というより、もはや実感している人もいる話なのでしょう。このことも、多くの人を夢中にさせる要因でもあると思います。

この点だけを考えると、ここまで女性が相手の気持ちを読み取るよう先回りをしてがんばらないといけないのもしんどいことだなあ…と思ってしまう部分もあるし、その反対に、

今までの少女漫画が「とにかく女性は素直で美しい心で天真爛漫でさえいれば、王子様は見ていてくれるし、選んでくれる」という受け身な教えだったのを覆して、「王子様などいないんだから、自分の意思を持って、突き進め」と言ってくれているようにも思えます。

今までのラブ・コメディのヒロインというのは、素直で天然で疑う心を知らない女の子が鉄板でした。

しかし、みくりはその逆で、何を見ても分析してしまい、天然なところは今のところ描かれていません(風見の家で料理を失敗したときですら、しょうがを入れすぎたためと冷静に分析し、その後、カレーにしてごまかすという小賢しさが描かれています)。

天然ではなく、ちゃんと疑い、分析する気持ちがあるからこそ、平匡の気持ちも、ある程度は分析できるのです。

私は、長い間、少女漫画の「素直で天然で文句を言わない女性が幸せをつかむ(そもそもその幸せってなんだ?という感じですが)」ということを信じ込まされてきた部分があったので、みくりのように、自ら「小賢しさ」を自覚しているキャラクターが新鮮だし、頼もしくも見えています。

先日、『ブリジット・ジョーンズの日記』の最新シリーズ、『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』という作品を見てきました。

いまだに「天然で失敗だらけ。でもそれがチャーミングで、正直に生きてさえいれば、人はそれに必ず応えてくれるよ!」という物語に見えて、まったく癒されない自分に気づいて驚きました。

以前は、そんなブリジットに自分を重ねることもしていたはずなのに…。

それは、時代のせいなのか、自分の精神的な成長具合によるのか、現代の日本の世知辛さから来ているのかはわかりませんが、冷静で分析屋のみくりを見ているほうが、シンパシーが感じられるのが現在なのだなと思うのです。

もちろん、誰でもドジなところもダメなところもありますが、そこの部分が純粋に見えて王子様に見初められなくたっていいではないかと思うのです。

そこには「何でも自分で解決する女はかわいげがない」という男目線が介在していないということなのかもしれないなとも、分析できます。こんな風に、毎回分析してばかりの記事を書いている自分からすればなおさらです。

もちろん、これだけ平匡人気が白熱しているくらいですから、面倒くさい平匡にもいいところはたくさんあります。

中でも、自尊心の低さから拗ねることはあっても、自分の間違いに気づいたら、すぐに軌道修正ができる人だということが彼の一番の長所でしょう。

例えば、同僚でゲイの沼田に「男目線と女目線の両方を持っている」と言ったことに対し、同じく同僚の風見から「ゲイだからどうこうじゃなくて、沼田さんは単に沼田さんなんですよ」と言われてすぐに納得したり、風見から「みくりの家事代行をシェアしたい」と持ち掛けられたときも「シェアする。嫌な響きだ。ものや食べ物のようで…」と独り言を言うところもある。

こうした倫理観と、間違いを逐一訂正できる性質は、今までならトキメキには関係ない部分だと思われてきましたが、今では人を信頼する上で重要な条件ですし、それがトキメキにつながることもあるでしょう。

誕生日を覚えていて気の利いたプレゼントができるというテクニックよりも、重要なことなのです。

またみくりは、平匡が風邪をひいたときに「普段クールな男が弱っている姿、萌える」と感じ、平匡がパジャマ姿で部屋から出てきた様子を「野生のカピバラを手なずけた感覚」と表現しています。

みくりの側にも、愛着が芽生えていくことがわかるシーンなのですが、女性が男性に対して萌えたり、「手なずける」感覚をうまくラブ・コメディに落とし込んだ作品というのも珍しいのではないでしょうか。

前出の交際経験のデータなどを見ても、男性が上から目線で、女性をからかってあたふたさせるラブ・コメディよりも、女性主導のものにも、共感できる人が存在したということかもしれません。

今までと同じように恋愛上級者の男性が女性を翻弄する物語であれば、まさにその役割を担うであろう風見が冗談めかして好意を伝えても、みくりはテクニック以上のものを感じないしキュンともしない、というのも象徴的です。

そして、風見には風見の苦悩があることを感じさせるのも、このドラマのよいところです。すべてのキャラクターに、それぞれの個性とそれゆえの苦悩と、それらとどうつきあっていくのかが描かれているところもこのドラマのすごいところなのです。

西森路代

ライター。1972年生まれ。大学卒業後、地方テレビ局のOLを経て上京。派遣、編集プロダクショ ン、ラジオディレクターを経てフリーランスライターに。

アジアのエンターテイメントと女子、人気について主に執筆。共著に「女子会2.0」がある。また、TBS RADIO 文化系トークラジオ Lifeにも出演している。

twitter:@mijiyooon

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