ブスの本懐』(カレー沢薫/太田出版)を読み終えたとき、私は頭を抱えた。「本懐」という言葉が使われているので、ブス(本書の表記に従う)の気持ちを思いやり、応援するような内容が書かれているのかと思った。

しかし違った。カレー沢氏は、「これでもか」というくらいブス(本書の表記に従う)の生態をあらわにし、追い込んでいるのだ。救いようがないくらいに。

本書の「まえがき」の時点で、私は圧倒される。

ブスという言葉を避けるのではなく、必要以上に使って、最終的になんなのかさえわからなくしてしまおう、というのが本書の狙い。

「ブスとは何か」という答えを出すのではなく、さらに見失うという斬新なスタイル。

私はあなたが金を出して本書を買ってくれている時点で、あとは読もうが燃やそうがどうでもいい。

出典『ブスの本懐』(カレー沢薫/太田出版)

などなど、強烈な文章が並んでいる。「ブスという概念をぶっ壊す。しかし壊したものから新しい概念を作り出すこともなく、壊れた概念そのままでいいではないか」。

およそこのようなことが書かれていると推察される。なんという暴挙だろうか。しかしこれはまだ序の口である。

「美人は3日で飽きるがブスは3日で慣れる」はブスが考えた言葉。

ブスの頭に載っているのは「クソ」という名の王冠だ。

無頓着ブスは日光と戦わぬ非暴力服従主義、殴られるがままのガンジー。

出典『ブスの本懐』(カレー沢薫/太田出版)

上記3つは、本編の小見出しである。凄まじい破壊力のタイトルだ。このようなタイトルがあと30以上も並んでいるが、全て紹介すると私の中の良心が砕け散ってしまいそうなのでやめておく。

ギリギリ紹介できそうなタイトルを私は何とか探し出した。「“女のカワイイ”は突発的感情発露などではなく、そこには千の打算が潜んでいる」だ。

読者は、女子が「カワイイ」を連発する光景を見たことがあるはずだ。

あれは決して女子の動物的鳴き声などではなく、「女のギブアンドテイク褒め」という現象だそうだ。

「1回褒められたら、1回褒め返す」という公式ルールが存在し、世の女子はたやすく嘘をつく。

しかし、たまに「カワイイ」をいった相手に社会性がなかったり、卑屈ブスだったりする場合は、何も返ってこない上に「心にもないことを…」という顔をされることがある。

これを「ブスの褒め損」と呼ぶ。この世で最も無駄なカロリー消費の1つだ。また、「女のギブアンドテイク褒め」行為の下位に位置づけられるのが、「ブスの馴れ合い」だ。

北でブスが「私ブスだし…」とつぶやけば、南からブスが走ってきて「ブスじゃないよ!」と叫ぶのである。やがてそれは「生きろ、そなたは美しい」というどこかで聞いた褒め合いに発展し、お互い「そんなことないよ~」で終結する。

褒め合う前に「自虐→否定」という工程を取り入れているあたりが、訓練したかのような鮮やかさを思わせ、「ウザい」とカレー沢氏はばっさり切り捨てている。

今まで男に褒められたことはないが、女にはよく褒められるという女子は、男に相手にされていないのはもちろん、女にも完全になめられている可能性が高いそうだ。人生要再考である。

いかがだろう。本書の破壊力のすさまじさを感じ取っていただけただろうか。上記の「“女のカワイイ”は~」の章で、ばっさり省いた部分がある。せっかくなので抜粋しよう。

「ブスに冷たい美人」と「ブスに優しい美人」、みなさんはどちらを殺すべきと思うだろうか。「正解はどっちも殺すべき」なのであるが、より丁寧に殺すべきなのは「ブスに優しい美人」の方である。

出典『ブスの本懐』(カレー沢薫/太田出版)

…もう何も言うまい。

本書には、決して一般人には共感できない感情が記されている。カレー沢氏は、その感情を暴挙の裏に忍び込ませ、ブス(本書の表記に従う)に救いの道が訪れるよう、うっすらと主張しているのではないだろうか。

本書を読んでいる途中、そのことに気づき、アホのごとく本書を読んで笑っていた自分を恥じた。だから私は「今日も世のブスに喜びと平和が訪れますように」と祈りを捧げたい。

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