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TABIZINEライターのNaoです。人類の悲しみの現場を訪問する、「ダークツーリズム」(Dark Tourism)。

ダークツーリズムとは、戦争や災害といった歴史的な悲劇が起きた場所をたどり、亡くなった人々を悼み、教訓を学ぶという旅のこと。この連載では、世界の歴史が残した負の遺産をご紹介したいと思います。

第6回目は第二次世界大戦末期、ナチスによってたった一日で廃墟と化してしまったフランスのリムーザン地方にある村「オラドゥール・シュル・グラヌ」。

路面電車が走り、石造りの学校や教会、商店が立ち並び650人ほどが暮らしていたオラドゥール・シュル・グラヌ。平和な時間が流れていた田舎の小さな村でしたが、突然悲劇は起こってしまいました。

第二次世界大戦中の真っ只中、ドイツ軍は各地で戦いを激化させておりフランスでもナチスが勢力を拡大。

1944年6月には連合国軍によるノルマンディー上陸作戦が開始。フランス・レジスタンスによる妨害によってドイツ軍は苦戦するものの6月10日の朝、ナチス親衛隊はオラドゥール・シュル・グラヌを包囲。村人達は強制的に広場へ集められたのです。

「村に武器や弾薬が隠されているという情報があるので、村の全ての建物を調べる」という理由を作り、ナチス親衛隊は女性や子供たちを教会へ誘導。男性は幾つかの納屋に集められました。

しかし彼らを待っていたのは、ナチスによる悲惨な銃撃。男性はまず足を撃ち抜かれ逃げられないようにした後、納屋に火が放たれました。女性と子供が集められた教会は直接放火されたのです。

村の全ての建物が燃やし尽くされ、村人の642人が犠牲に。逃げられたのはたったの26人でした。

しかし残忍な虐殺が、なぜこの小さな村で行われたのかは現在でもその真相はわかっていません。

「ドイツ占領軍への攻撃を行っていたフランス人のレジスタンスに対する集団報復」という説があるものの、オラドゥール・シュル・グラヌはレジスタンスとの関係はなかったのだそう。

1945年第二次世界大戦が終結し、将軍のシャルル・ド・ゴールによってナチス占領の残忍さを後世に伝えるために、オラドゥール・シュル・グラヌの保存が決定。

村は移転され、当時の姿のまま残されています。この村が経験した惨劇を学べるように、村の入口にはメモリアルセンターが建てられました。

村には錆び付き、骨組みだけの車や自転車なども残されています。平和な人々の生活がたった一日にして破壊されてしまった、残酷な運命が伝わってきます。

オラドゥール・シュル・グラヌへの旅はフランス中部に位置するリモージュからのアクセスが便利。ナチス占領の悲劇を今に残す歴史を学びたい時は訪れてみてはいかがでしょうか?

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